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ハイブリッド デスティニー  作者: iris Gabe
白い肌の踊り子
2/14

2.白い肌の踊り子

「お客さん、もう店じまいだよ。やれやれ困ったな」

 メミルが目を覚ますと、店の中にはバーテンしか居なかった。どうやら時刻も夜半よわを大きくまわっているようだ。青猪亭ブルーボアを追い出されたメミルは、仕方なしにぷらぷらと裏通りを歩き始めた。

 浮かれ気分でどことなく歩いているうちに、いつの間にかメミルは娼婦街に足を踏み入れていた。用が足したくなったので、袋小路の行き止まりにごみため場を見つけると、メミルはよろよろと近づいて行った。狭い通りの両側には、安っぽいレンガ造りの宿屋が立ち並んでいる。


 と、その時だった。あろうことか、空から人間が降ってきたのだ。

 落ちてきた人間は、メミルのすぐ前の地面に猫のように身軽に着地すると、メミルを無視するかのように背を向けた。しかし、その先が行き止まりであることを確認すると、さっと身をひるがえして、からす色のマントの下から鋭い視線を一瞬ぎらりと覗かせる。

「おっと、ごめんよ」

 そいつは乱暴にメミルにぶつかって、わずかばかりのすき間をこじ開けると、そこをすり抜けて駆けていった。

 メミルは呆然としながらも上空を見上げると、三階の窓が一つだけ開いていて灯りが煌々と漏れていた。ということは、あいつは、五ヤルデあろうかという高さから平気で飛び降りたのか……。

「おおい、盗人ぬすっとだー」

 先ほどの窓から、禿げ頭の親父が、首をぬっと突き出して叫んでいた。


 禿げ頭はメミルの姿を見つけると、

「おい、お前。小娘を見なかったか? 色白の吊り目で、唇が妙にいやらしいんだ。いま、わしの懐から財布をくすねて行きやがった」

「ああ、見たぜ。黒マントだろう?」

「そいつだ。頼む、捕まえてくれ。礼ははずむぞ」

 あまりに高飛車な禿げ頭の命令に、メミルはさほど乗り気でなかったが、『騎士道たるは、ひたすら正義の探求のみにある』という古きことわざを重んじる彼にとって、この依頼を断る理由はなかった。

 指をぽきぽきと鳴らして大きくひと伸びすると、メミルは颯爽さっそうと黒マントを追い始めた。


 ジュラは追手がこないのを確認してから、盗んだなめし皮の袋を逆さに振った。中から銀貨が三枚出てきた。

「ふん。やっぱり三クローレしかないじゃん。たったの三クローレでこのうちを一晩ものにできるとでも思ったのかね? 甘く見られたもんだわ……」

 皮袋を道端にぽいっと投げ捨てると、ジュラは街の中心に向かってとぼとぼ歩き出した。


 ――背後に異様な殺気を感じた!


 軽い身のこなしでジュラは塀をよじ登ると、わずかな幅しかない塀の上を全力で駆け出した。

「まさか、あの禿げおやじが? 意外とあなどれないやつだったのか?」

 それでも、さすがにこの狭い塀の上を走るなんて芸当、ダンサー特有の平衡感覚でもなければ出来るはずがない。

 どうやら気配は失せたみたいだ。ジュラはほっと一息吐くと、ぴょんと路地へ飛び降りた。

 突然、後ろから肘をぐっとつかまれた。しかも、とても強くて鋼のような力だ。なにが起こったのか分からずに混乱を極めるジュラの耳元で、抑揚のない男の声がささやいた。

「わりいな。あんたに怨みはないけど、おれは正義を重んじなければならないんでね――」


 とうとうメミルは黒マントを捕えた。

「まずはつらから拝ませてもらうか」

 そういうとメミルは、賊の顔を覆っている頭巾フードを、ばっと引き剥がした。

 薄茶色の長い髪がボワッと広がる。かすかに漂う甘いクリノスの香り。振り向いたのは、雪のように透き通った白い肌の少女だった。吊り上った碧い目が、強気な性格を醸し出している。禿げ男がいっていたように、小振りながらなまめかしくて吸い込まれるような唇をしていた。

「おい――、お前、青猪亭の踊り子か?」

 間違いない。顔は一瞬しか見えなかったが、こいつはさっきの舞台で踊っていた二番目の踊り子だ!


 見たこともない頑強な男に左腕をがっちりと押さえられて、身動きが全くとれなかった。

「誰よ、あんた?」ジュラはきっと男の顔をにらんだ。

 発達したあごにきりっと通った鼻筋。男性としては魅力的な顔つきのヒュームだが、細い目がどんよりと曇っていて、表情からはなにを考えているのか全く読み取れない。擦り切れた安っぽい皮鎧を着ているが、近衛兵の戦士だろうか?


 しめた――、脚ががら空きだ!

「優しそうなお兄さんね。そんなに見つめちゃ、うち照れちゃうわ」

 そういって油断を誘っておきながら、男の股間を目がけて、ジュラは思い切り蹴りをぶち込んだ。

 ところが、彼女の足首は、急所寸前で、男の右手に阻まれる。

「かわされた……?」

 ジュラは、とっさに反対の足で地面を蹴って、回し蹴りをあびせたが、男はちょいっと頭を下げるだけで、なんなくそれもかわすと、つかんでいたジュラの足首をぱっと放した。

「おい、無理するなって。おれがつかみ続けていたら、お前、足をひねって怪我していたところだぞ!」

 そのわずかな隙を見逃さず、ジュラは猫のように一目散に駆けだした。再び塀に飛び乗ると、さらに屋根へとジャンプする。そのまま前宙をかけて、となり路地へと飛び降りると、たまたま目の前にある家の中へ飛び込んで、背中越しにばたんと扉を閉めた。

「はあはあ、なんてやつなのよ?」

 息も絶え絶えに、ジュラが愚痴をこぼした。

 それにしても、この扉の鍵がかかっていないのは、運が良かった。いくらやつが俊敏でも、さすがに、どこに逃げ込んだのかは、分かりっこないだろう。


 家の中は、入口付近に松明たいまつがともされているだけで、ひっそりとしている。奥の方は暗闇となっていて、よく見えなかった。

 ほったて小屋と思われたのに、中へ入ってみると、意外にも道場のように広々としている。でも、木でできた壁はあちこち腐っていて、ところどころが剥がれ落ちていた。


 ジュラははっと息をのんだ。奥に誰かがいる!

「お客さんかい? 珍しいねえ。おやおや、これは美味しそうなお嬢ちゃんだなー」


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