#02 現状を確認しよう
『──総理は今回の報告を受け、警察の手には余るとの判断を下し、一刻も早い自衛隊の出動を──』
*
あれから一時間が経過した。
今まで4階のベランダから下を見下ろしながら、ニワトリから逃げる人を助けてたんだけど、みんなそれぞれ避難したのか、見える範囲で確認できるものといったら、穴を穿たれ捨て置かれた車、小火を起こしたのか煙をあげている民家、散乱したガラス、そして逃げ遅れた人々の死体と、それを貪るニワトリ型のバケモノ。
どれもこれも思わず目を背けたくなるような光景ばかり、私が数時間前まで住んでいた世界は形を変え、全くの違うものへと変貌していた。
先ほどから体が異様にダルイ。
なにか知らないけど、魔法を使うたびに精神的な何かが削られていくような感じがするのだ。
最初は何も感じなかったんだけど、30分、40分と時間が経つほどそれが顕著に感じられるようになってきた。
私はその削られていく何かを、仮に魔力と呼んでいる。
FFで言うMPである。
あえて言うが、これは断じて超能力なんかじゃない。魔法だ。
そっちの方がなんか、ロマンがある。
ところで、情報化社会である今日、家にいながらにして国内だけでなく世界各地の情報を手軽に集めることが出来る。
そして、ここ数時間のニュースは大きく三つに分けることが可能だ。
一つは、知ってのとおりバケモノの襲来。
ただこれはニワトリだけに留まらないらしく、かなり色々な種類がいるらしい。バイオテロによる元来の動物の突然変異という見方が一般的だが、現実味はない。なにせ、世界中で同時に発生してるわけだから。
二つ目は、超能力者──私が言うところの超能力者である──が出現したこと。
これもここ数時間でかなりの数が観測されているらしい、ネットでは賛否両論な感じで騒がれてる。つまり否定派の意見として、ヤラセじゃね? とか、非科学的だ、とか。
何時間か前の私なら同じように否定したかもしれないが、この情報は確実だと思う。
ソースは私だ。
最後、三つ目は奇病の話。
これも、ここ数時間の間に起こっており、そして最もたちが悪い。
簡単に説明すると、この病気に罹ると少しずつ身体が弱っていき意識を失う。そしてその後、身体がまるで水晶のように結晶化するらしい。
原因は不明で致死率100パーセントの難病だ。
年齢が10~20代にはほぼ影響がなく、患者はそれ以外の年齢層がほとんど、という噂もあるけど、確証は無い。と。
「ふぅ……」
私は情報もとのサイトを閉じ、メモ帳に書いた文章を保存する。
「えと、ファイル名、ファイル名……『プリンが食べたい.txt』……エンターッ! よし、できたっ!」
私はMYノートパソコンを閉じ、立ち上がると現在は閉め切っている緑色のカーテンを少しだけずらし、外の様子を垣間見た。
「いやぁ、だいぶひどくなってきたなぁ……」
先ほど調べて、バケモノには色々な種類がいると言ったが、そのとおりだ。
実際外をチラリと見ただけで数十の鳥が我が物顔で空を舞っている。
ただの鳥じゃない。なんていうか、プテラノドン級のやつだ。
全身真っ黒な羽毛に包まれているため、おそらくもとはカラスだったんだと思う。
超怖い。
安易に外へ繰り出して、ぱくりとやられるのは嫌なのでしばらくは家に引きこもろうと思う。
魔法を使いすぎて正直きついし。
「……シャワーでも浴びよう……」
この状況でいつまで電気や水か使えるか、分かったものじゃない。
今のうちに贅沢の限りを尽くしておこう。
いや、まぁ、たいした贅沢は望めないんだけど。
*
お風呂のお湯を魔法で動かしたりして遊んでいたら、余計身体がダルくなった。
でもおかげで不定形なものを操るのはかなり難しいと言うことが分かった。
今度から魔法の練習は水ですることにしよう。
お風呂からあがった私は、まず、これからの引きこもり生活のために必要不可欠な食料を確認すことにした。
とにかくまずは水から。
なんたって人間、水だけでも何週間かは余裕だとかどっかで聞いたことがある。多分。
私は部屋の片隅に押しやっていた大きく膨らんだゴミ袋を引っ張り出す。それにはごみに出すために大量に溜め込んでいたペットボトルが大小約二十個ほどが入っていた。
さて、今からこれ全部に水を入れていく作業に入ります。
「うぅ……終わったぁ」
ひとつひとつはたいしたことは無くてもこれだけの量の水を長時間ペットボトルに入れ続けるのは大変な重労働だった。
私はかじかむ両手をさすりながら満タンになったペットボトルを満足げに見下ろす。
これで、しばらくは大丈夫だろう。
よし、次は食べ物だ。
私は冷蔵庫を開けた。
が、一人暮らしの冷蔵庫に入っているものなんてたかが知れている。
数種の野菜と冷凍された肉類、といったところだ。
米も先日ほぼ使い切ってしまったためあと一合あるかないかといったところ。
私は他にもめぼしいものがないかと部屋中を探した。
15分後、他に見つかったのは、インスタントラーメンが3個。以上。
すくなっ!
なにこれ!? こんな装備で私にどうしろと!
やばい、私、しばらくは本格的に水だけで生活することになるかもしれない。くそぅ、もっと非常食とかいっぱい買い込んどくんだった……。
まぁ、こればかりは仕方がないとあきらめるしかないか。
*
世界が終わったのが5日前。
水道が止まったのが3日前。
食料が底をついたのが2日前。
電気が止まったのが1日前。
──私の我慢の限界が来たのが5分前のことである。
*
「うわぁぁぁーーーーーーー! おーなーかーすーいーたーーーー!」
二日も何も食べてない。
と、いうか、2日目にしてインスタントラーメンを食べきったのが悪かったのかもしれない。
デリバリーでピザでも頼もうかと思って、電話してみたけど全くつながらない。ちくしょうめ!
残っているのは、マーブルチョコが二つ。
サバイバルにはよくチョコレートと聞くけど、あいにくこれだけじゃ全くお腹が膨れない。早急に食料を調達する必要があるだろう。
私はカーテンの隙間から外を覗いた。
数は少なくなっていたが、まだいる。黒い羽毛に包まれたカラスのバケモノだ。
ふいに、電信柱の頂点に止まっていたソレと目が合った気がして、慌ててカーテンを閉めた。
私はベッドに倒れこみ、魔法でマーブルチョコを一粒口内に移動させ、カチカチと音をたてて動く掛け時計の針を眺めながらこれからのことを思案した。
食料も無い、水ももう少しで尽きる、電気も無い。
そんな家にいつまでも引きこもっていても衰弱死を待つだけだ。
それなら、まだ身体が元気なうちに思い切って外に出てみるほうが得策かもしれない。
いや、絶対にそれがいい、うん、そうしよう。
私は、ガバッとベッドから身体を起こし、服の入ったクローゼットを漁った。
戦闘に備えて出来るだけ動きやすい服を選んでいく。
膝丈のハーフパンツとレギンス、黒の長袖インナー、最低限必要そうなものをいれた小さめの皮のショルダーバッグを背負い、その上からポンチョを被った。
今年の冬は冷えるとのことだが、余分な厚着は動きを制限するし、第一私自身寒さには強いのでこんなものでいいのだ。
靴も動きやすさを重視したスニーカーだ。
私は玄関に座り込み、靴紐をきつく締め終えると、自分の家の玄関を6日ぶりに開けはなった。
*
開けた瞬間、血の匂いが冷気に乗って私に押し寄せてきた。
久しぶりの外の匂いは5日前とは随分と変わっており、私は眉をひそめた。
「……早くしないと」
第一の目標は食料の調達。
ついでに現状の詳しい情報が知りたい。
私は無意識にエレベーターへ乗ろうとするが電気が止まっているのを思い出して、階段へと向かった。
出来るだけ足音を立てないように、ゆっくりと階段を下り、遂にマンションの外へと出た。
空を見上げると大きな鳥が獲物を探るように旋回しているため、安易に飛び出したら普通ならその時点でぱくりだろう。
が、そこは私。
忘れていると思うが、私は魔法を使える。
しかも、この5日間それを使いこなす練習を積んできたのだ。
大丈夫、いける。
私はポケットからビー球を一つ取り出し、目の前に浮かせ旋回する鳥に向け照準を合わせ、射出した。
初速から最高速度で発射されたビー球は、悠然と空を飛んでいた巨大な鳥の身体にのめりこんだ。
「ギャァーー!」
と、鳥は何が起こったのか分からないといった様子で痛みにもがきながらも墜落はせずに、他所へと飛び去っていく。
「……硬いなぁ、やっぱり威力が足りないか。弾も使い捨てだし節約しないと」
その辺の石をぶつけてもいいわけだけど、それは私の趣味に反するため却下だ。
もっともそうならないように弾はそれなりに用意した。
が、少なくとも今の私じゃ、一匹を倒すのにもかなり苦戦を強いられそうだ。
私は膨らんだポケットに手を突っ込みながら、歩みを進めた。
食料調達のために立ち寄ったコンビニ数件は、ほとんどが荒らされ、食料という食料がなくなっていた。
人間の仕業か、バケモノの仕業か分からないがこうなったら少し離れたショッピングモールまで行くしかなさそうだ。
ため息をついて、本日5件目のコンビニを発とうと開けっ放しの自動ドアから外に出た。
と、その時、「イヤァーーー!」と女性の甲高い悲鳴が響き渡たり、その悲鳴の聞こえた方角から、数名の学生と思われる集団が慌てた様子で走ってきた。
と、いうか私の学校の生徒だった。久しぶりに人間を見た気がする。
しかしその顔は皆恐怖に染まっており、私の存在など見えていないようだ。
彼らが口々に叫ぶ。
「やばいよ! 早く、早く逃げないと!!」
「嫌だ! 死にたくないっ!!!」
「だ、大丈夫よ! あの役立たずもこれでやっと役に立ったんじゃない!?」
「しかたがなかったんだ!! 許してくれっ!!」
私は直ぐに理解した。
誰かを囮として使ったことを。
私は逃げる女子生徒の袖を掴んで強引に引き寄せた。
そして顔を思いっきり近づけ問いただす。
「どこっ!」
「ひっ!? え? か、会長!? なんで……!」
女子生徒は自分の学校の生徒会長の姿を見て驚いているようだが、こちらにそんな暇は無い。
「いいから教えろ! 置いてきた人はどこ!」
私の剣幕に押されたのか、女子生徒は泣きながら答えた。
「あ、あ、あの曲がり、か、角の向こう、ですっ」
女子生徒を解放した私は、彼女が指差した方向に向かって全速力で駆けた。