#01 目が覚めたら世界が終わってた
突如学校に現れた謎のモンスター相手に死闘を繰り広げ、仲間と共に命からがら生き延びた女子高生。
──とかだったら少しは格好がついたものの、私が目覚めたときには既に世界が終わってた。
*
─── When I woke up, my world was over.
......over?
*
私の名前は恋咲凛音。聖歌学園に通う3年生だ。
聖歌学園なんてちょっと恥ずかしい学校名をしているが、特にこれといって特徴の無い普通の共学の学校だ。
ちなみに、なんとなくそれじゃあ面白くないなと思った私が、生徒会長になってから「ごきげんよう週間」を作ったことがある。
生徒会役員(女の子)を校門に立たせて、登校してきた生徒に向かって「ごきげんよう」と挨拶をさせるのだ。
教員連中が少し難色を示したが、校風の革命云々それっぽいことをつらつら話したら、短期間ならという条件付で許可をもらった。もちろんただの私の趣味だが。
恥ずかしそうに頬を染め「ご、ごきげんよぅ……」と挨拶をする女の子を見て、一部の男子生徒は涙を浮かべ、更には遅刻常習犯の生徒数名がその週だけは異様に早く登校してきたりと、なんだか思わぬ副次効果があったりもした。
もちろん、一番喜んでいたのは私だが。
っと話が逸れた。
取り敢えずは私の位置情報の確認だ。とはいえ、まぁ、これはGPSを使うまでもない。
朝、起きてからずっと家に閉じこもっているから。
いや、引きこもりというわけではありません。
私が住んでいるのは【アースクエイク桐ヶ谷】という学園と駅の丁度中間くらいに位置する白を基調とした小綺麗なマンションの4階の4号室(404号室)だ。一瞬ドキッとするようなマンション名だが、管理人さん曰く耐震性はしっかりしているらしい。
妙にダルイ身体を起こして、入学時に買った黒い目覚まし時計を見てみると、短い針が11と12の間くらいを指してた。
一瞬焦ったが、どうせ遅刻なら盛大に遅刻してやれと思い直し、インスタントのレモンティーを作ってベランダの扉を開け、カップに口をつけながらいつもの外の景色を眺めた。
晴れ渡る空の下、人が走ってた。
というか絶叫してた。
見える範囲の道路は車で埋め尽くされ、所々で事故が起こってた。
んで、人々の絶叫と車のクラクションをBGMにして、
なんか──でっかい鳥みたいなのがいっぱい走ってた。
これが30分くらい前。
*
──で、まぁ、ここまではいい。
いや、だいぶ良くないけど、取り敢えずはいい。問題はその後だ。
私は驚いた。なんたって、目が覚めたら世紀末を迎えてたのだから、いつも冷静を気取ってる私でも流石に驚く。
そして、驚いた拍子に手に持っていたカップをベランダの外に落としたとしてもなんら不思議ではない。
カップを落とした私は焦ったさ。
隣町の雑貨屋で2000円も叩いて買った、黒猫柄のおしゃれなやつで、私が今一番気に入っているカップだったから。
私はベランダから身を乗り出して落ち往くカップに向かって手を伸ばした。
私は"自分の物"は大切にする主義だから、たとえ小さなものでもその一つ一つがもの凄く大事なわけで。
しかし、流石の私でも物理法則に抗あらがうには10年ほど早かった。
カップはシャンッ! と音をたてて、地面に吸い込まれた。私は泣いた。
と、その時だ。壊れたカップが、まるで天に召されるかのように宙に浮き、私の前まで飛び上がってきたのは。
最初は夢かと思った。私の淡い幻想の具現とも。
でも、違った。
それは物理法則を一切無視するかのごとく、宙に浮いたまま動かない。
レモンティーの雫をまとった細やかな破片が、太陽の光を反射してキラキラと光る様子に私は目を奪われた。
しかしそれだけじゃあ、あんまり面白くない。もっとこう、ぐるぐると回る銀河みたいな感じで。
と、思ってたら、カップの破片たちがなんかこう、銀河がぐるぐる回る感じで回転しだした。
マジで? と思って、こんどは止まれっと念じてみた。瞬間、空中をぐるぐると回っていたカップの破片たちがピタリと静止した。
10年なんてもんじゃなかった。
──どうやら私には物理法則を凌駕する力があるらしい。
*
と、いうのが今までの出来事の一連の流れ。
外に出るのは危ないらしいので今は自宅待機だ。
んで、昔バードウォッチング用に買った双眼鏡を構え、文字通りバードウォッチングをしている。
でっかいニワトリだ。
大きさがはんぱないことと、人間を食べてることを除いたら。
ニワトリのあのカクカクとした動きは割りと可愛いと思っていたけど、撤回だ。
2メートル近いニワトリにやられたら軽く恐怖だった。
注意してみると、その太く凶暴極まりないくちばしで自動車の窓ガラスを貫いているのが見える。
そして慌てて出てきた人を、更に一突き──しようとしたところで私が放った高速の弾丸が急所である眼球へと突き刺さった。
ピギャー! と悲鳴をあげてよろめくニワトリ。
間一髪で難を逃れたサラリーマンの中年おやじが悲鳴をあげながら逃げていく。
「よしっ」
私は口に含んだいくつかのマーブルチョコを噛み砕き、笑った。
今、私の頭の上で色とりどりのマーブルチョコが円環を描きながら浮いている。
最初は一つずつ宙に浮かせる練習をしてたんだけど、一つ、二つと増やしていくうちに一箱、二箱になって、今は多分四箱分くらいになっていると思う。ちなみになんでマーブルチョコかというと単にあの綺麗な配色と形が気に入ってるからだ、あと美味しいし。
私は頭上で回るマーブルチョコのうち一つを自分の口内へと誘導した。
うん、美味しい。
よもや私の人生で手を全く使わずにマーブルチョコを食べることが出来る日がこようとは……いったい誰が想像できようか!
とにかく、騒ぎが一段落するまではここで高みの人助けを決め込もうと思います。