#15 お風呂を作ろう
モブに名前を付けてみた。
私の周りには、レンガや接着剤、軍手、ビニールテープなど様々な素材、道具が溢れている。
その中に埋もれるようにして、私を含めた総勢7人が押し合うようにして座り込んでいた。
あれから1時間ほど経ったが、美並ちゃんはまだ目覚めていない。
「ビー、そこのレンガ取って」
「へい、どうぞっ! ちなみに自分の名前は梅田耕太っす」
「ちょっと可愛いから却下」
「却下っすか!? なんかすんません!」
私は、梅田耕太、もといビーから茶色い石製レンガを受け取って部屋の床の上に綺麗に並べていく。
現在、絶賛お風呂スペース作成中だ。
「凛音ちゃん、これはここでいいん?」
「うん、ばっちり。ありがと蓮。ほら、エーとシーとディーも手を動かす! あと、ちょっとでも蓮のスカートの中覗こうとしたら殺すから」
「姐さん、おそらくAこと、柴仙太郎。誠心誠意頑張ってます!」
……司馬遷?
「Cこと、柚木光。力仕事には自信があるっす!」
その顔で柚木光は詐欺だろ。却下だ。
「Dこと、榊原剛ッス! 趣味は写真と盆栽っす!」
あー、うん。お前の趣味はどうでもいいから。
というか、なんでいきなり自己主張しはじめたのコイツら。
正直、あんたらの名前には毛ほども興味がないんだけど。
「あ、あの、は、葉山……さん? そこのレンガを取ってくれませんか?」
「えーと、あ、これですか。どうぞ蓮さん」
「あ、ありがとうございます」
……まぁ、こいつはそれなりに常識がありそうだし、特別に蓮に名前を呼んでもらう許可を与えてもいいか。
何気にイケメンでムカつくけど、蓮が自分から呼ぶ分はいいだろう。非常に不本意だが。
「葉山! お前なに一人だけ蓮さんに名前呼んでもらってんだよ!」
「羨ましい」
「同じく」
「蓮さん! 自分も呼んで欲しいッス!」
イラッ。
「手が止まってるわよ?」
「ちょ、ちょぉ! レンガは、レンガはシャレになってないッス!」
「り、凛音ちゃん。暴力はあかんよ」
私がレンガを空中でヒュンヒュンいわせて遊んでいると、蓮に小さくお叱りを受けた。
いくらコイツらが人としてアレでも、ぶつける気は全くなかったのだが、蓮に言われては仕方がない大人しく引いておくことにする。
不良たちはホッと息を吐いて、止まっていた手を動かしはじめた。
「蓮さん、マジ天使」
「俺らのためにこんな……」
などと、意味のわからない発言を漏らしているが、まぁ作業に支障がないのならいいだろう。
そんなことを思いながら、私はレンガに接着剤を塗っていった。
現日時は、12月26日午前11時34分。
私が目覚めたあの日から丁度6日が経過していた。
*
「どう? 取り付けできた?」
「んー、もうちょっとッス……っと、こうして、こう。よしできた! できました!」
「おおーついに完成かー」
私は、出来上がった異色の空間を見る。
元々が、ただの休憩室だっただけに、部屋の三分の一近くを占領しているこのバススペースはあまりにも不自然なのだが、それ自体の完成度は十分に及第点だ。
青のビニールシートを囲うようにして配置したレンガは、明るい色と暗い色のバランスを考えてデザイン的に配置。
更に、見栄えをよくするため、ビニールシートの上には組み合わせて使える防水性を備えたピンクのマットを敷き詰める。
その真ん中にしっかりと固定された無骨な五右衛門風呂の煙突からは後付けのアルミダストが伸び、それは換気扇のあった場所から外に繋がっている。
この部屋は基本的に私と蓮専用なので風呂と生活スペースを遮るカーテンはいらないかなぁとも思っていたが、防水カーテンなるものをエーが見つけてきたため、風呂を囲むようにして装着してみた。
「凛音ちゃん、すごいね、これ」
「うーん、私もここまでのものが出来るとは思ってなかったなー。よくやったぞアンタら」
作業は楽しく行っていた蓮だが、出来上がった空間を見て呆然とそう呟く。
うん、その反応は分かる。ある意味呆然としてしまうよね、これ。
床、カーテン、小物類も全てピンク系の色に統一してあり、この部分だけ見ればなかなかにファンシーな空間であるのだが、中央にドンと我が物顔で居座るのは黒い金属の物体。
なんというか、非常にシュールな光景である。
私はふぅと一息をつく。
ここで豪勢に昼風呂というのも捨てがたいのだが、みんな少なからず疲労が見える。
というか、私は起きてからずっとフル稼働しているので、正直ちょっときつい。
「凛音ちゃん、大丈夫?」
と、そんな私に気づいたのか、蓮が私を労わるようにそう言ってくれる。
ほんとうに、気遣いの出来るいい子である。
ふいに、こんな子を一人置き去りにするようなヤツらを思い出し、気分が悪くなるが、蓮に心配をかけないようにニッコリと笑ってみせる。
「大丈夫よ。それより蓮は? 疲れてない?」
「ウチは全然平気や。えへへ、みんなでこんなことするのってウチ初めてやからすごく楽しかった!……あ、えと、ふ、不謹慎やったかな」
「ううん、全然そんなことないよ。蓮はニコニコしてるほうが可愛いし。それに、蓮の笑顔はみんなを元気にしてくれるから」
「へ? な、なにいうとるん? そんなの凛音ちゃんの方がずっと綺麗やし、それにウチの笑顔にそんな効果はないよ?」
「そんなことない。少なくとも私には効果抜群だし、それに──」
私は、チラリと横に視線を向ける。
「おい、見たか。あの蓮さんの顔」
「ああ、まさに天使の笑顔だったな」
「くそぅ、写真撮りたかった!」
「はははっ、残念だったなお前ら、オレはばっちり撮ったぜ!」
「マジで!? 準備いいな!」
────わいわい、がやがや。
「アイツらには効果あるみたいよ?」
「えーと……」
連が眉をハの字にして困ったような表情をする。
…………ふむ。そろそろジャンル別にフォルダ分けでもしとくか。
思い立ち、脳内の厳重にロックの掛かった蓮フォルダにアクセス。
まずは笑顔、それと困った顔とー、恥ずかしがってる顔とー、あとは泣き顔……はよく覚えてないな。いや、そもそも作る必要もないか。蓮は私が絶対に泣かせないし。
「姐さん、暖かいお茶が入りました」
と、私の思考を中断させることなく、スッと湯飲みに入ったお茶が差し出される。
やるなリーダー、え~と、は、は、葉山。そうだ、葉山だった。
よし、葉山。この働きに免じてお前の名前はゴミ箱から救済しておいてやろうではないか。
「あ、葉山! てめぇ、また一人抜け駆けしやがって!」
「一人で点数稼ぎなんてずるいぞ!」
「ば~か、なにが点数稼ぎだ。姐さんが疲れてんのは見れば分かるだろ? ちょっとは気を使えよ」
「な、なに! くそっ、そうだったのか!」
「そ、そうだ、じゃあ俺は蓮さんに……」
「いや、蓮さんにも俺が渡したけど」
「ちくしょうっ! こいつ全部もっていきやがった!」
そんなこんなで私たちの風呂造りは賑やかに終わったのだった。
「凛音ちゃん、このお茶美味しいね」
「そうだね」
今度からはお茶は葉山に入れてもらうことにしよう。
凛音「……で、写真だけど」
D(榊原)「フフフ、これっす! ピントもバッチリっすよ」
凛音「ふ~ん、よく撮れてるわね」
D「姐さん、自分のデジカメが宙に浮いてるんすけど!?」
凛音「そうね(ニコニコ)」
D「笑顔が怖いっす! あと、あのデジカメ5万も叩いて買った自分の宝物なんすけど!?」
凛音「そうね(ニコニコ)」
D「お願いします! 自分写真に関しては誰よりも誠実であると自負しています! おふざけや出来心で安易に変な写真を撮ることだけは絶対にしないのでどうかお願いします!」
凛音「……絶対?」
D「絶対っす! 自分写真と盆栽に関しては嘘はつきません」
凛音「……微妙な説得力だけど、分かった。けど、今度からは了承は得ないとダメだからね」
D「了解したッス」
凛音「よろしい」
D「…………あの、姐さん。SDカードも返してもらっていいっすか?」