#14 姫抱きしてみよう
ワンコを美並ちゃんと二人で倒し、一息ついていると今まで物陰に隠れていた不良たちが一斉に出てきた。
「姐さんっ! 無事でよかったです!」
「俺、姐さんが死んだらどうしようかと……!」
「無事でなによりッス!」
あんたら……。
*
美並ちゃんは続々と現れた不良に身構えながら、ちらりと私を見てきた。
私は、大丈夫敵じゃないというように笑いかけながら、ふらふらになっている美並ちゃんの元へ駆け寄り、私と同身長くらいの細身の体を支えた。
「ど、どうもすみません。少し、疲れてしまいました……」
少し、というには、些か体にたまった疲労は大きいようで、私の支えがなければ今にも地面と抱き合いそうな勢いである。
もちろん、そんなことはさせない。
「いいよ、とにかく体を休ませよう」
私はそういいつつ、美並ちゃんの体を下から掬い上げ、自分の胸の前で抱えた──まぁ、いわゆるお姫様抱っこだ。
地面と抱き合わせるくらいなら私との方がいいよね? うん、問題ないはずだ。
「ひゃぁっ!」と、驚きと羞恥の入り混じった小さな悲鳴が聞こえた気がしたが、気のせいだ。もしくは木の精だ。
「いいなー」
「ばか、聞こえたら殺されんぞ!」
聞こえてるよー。
ていうか、殺されるって……え? 私の評価ってそんなんなの? ショックだわー。
「あ、の……凛音さん……は、離してもらってもよろしいでしょうか……私は一人で歩けますから」
と、私の腕の中にすっぽりと収まっている美並ちゃんが顔を赤らめて小さな抗議の声をあげた。
「大丈夫大丈夫、水玉の下着は見えないようにするから」
「な!? なんで知って!──ってそう言うことじゃなくてですね!」
「ちっちっち、どれだけの異常事態でも周囲の状況を冷静に把握・分析するのは基本だよ?」
「全然かっこよくありません! もう。下ろしてください」
「えー、やだー」
「子供ですか。私は大丈夫ですから」
「またまたー、無理しちゃって」
「無理なんてしてません!」
いや、明らかにしてるでしょー。
と、私は思ったが黙ってハイハイと相槌を打っておく。
そして、美並ちゃんと何度も問答を繰り返しながら、私達は蓮の待つわが城へと足を向けた。
「あ。あんたらは風呂と、そのカートと、あともろもろをよろしくねー」
そしてもちろん、最初の目的は忘れない。
*
「凛音ちゃん!? その人どうしたん!?」
美並ちゃんを抱っこして拠点へと戻ると、心配と驚きの入り混じった表情の蓮がすぐさま出迎えてくれた。
「ただいま蓮。ちょっと色々あって。あ、この子は冬月美並ちゃん、さっき拾ったの」
「私はネコですか! もういいですから下ろしてください」
途中からは諦めたのか、私に身体を預けていたのだが今になって恥ずかしさが戻ってきたらしい。
というか、蓮がいること言ってなかったしね。
腕の中でジタバタ暴れるので、仕方なく地面に下ろしてあげる。
美並ちゃんは未だふらついている身体でどうにか壁を伝って立ち上がった。
「大丈夫?」
「……ご心配なく。それよりも、ソファーを使わせてもらってもかまいませんか?」
私がどうぞどうぞと促すと、美並ちゃんはソファーの側まで歩いて行きドサッとソファーの上に倒れこんだ。
一瞬だけビクッとしたが、よく見ると寝息を立てているようで少し乱れた前髪から覗く綺麗な寝顔が私のほうを向いていた。
相当疲れてたんだな。
布団でも敷いて寝かせようかとも思ったが、むやみに動かして起こしてしまうのも気がひけたため、近くにあった毛布をそっとかけてあげる。
しかし……ふむ、これは新しい脳内フォルダを作る必要がありそうだな。
とりあえず、蓮フォルダの横に作っておくか。
そうやって私が脳内作業をしていると、私の服の袖がクイクイと引っ張られた。
見ると、この控えめすぎる自己主張をしてきた主は、幾分怒ったような表情で私を見ていた。
「どうしたの?」
「それはこっちのセリフや。凛音ちゃん、何があったか話して」
心配されたくないし、あんまり言いたくないんだけど。
とも思うが、上目遣いでちょっと怒った風な感じに言われると実に断りづらい。
いちいち私のツボを突いてくる蓮に萌えながらも、先ほどのことを話すと「凛音ちゃんが無事でよかった」と一言。
ほんと、いい子や。
*
10分後。
トントン、と控えめなノックの音。
「なに?」
と返事をする。
まぁ、誰かはわかってるけど。やっときたか。
「あの、ね、姐さん。風呂、も、ってき、きまし──っつ、バカ、急に力抜くな」
「わ、悪い。さっきから鼻が痒くて」
「ね、姐さん、ちょっと、ドアを開けてもらってもいいですか?」
「はいはい、ちょっと待ってて」
そう言って、私がドアを開けると、立派すぎる五右衛門風呂がドーンと目に飛び込んできた。
……これ、ドアに通るかな。
「わ、凛音ちゃん。それなんなん?」
蓮。それは後でのお楽しみなのだよ。
ふふふふふふ、ッ──こほっこほっ。
「姐さん、お楽しみのところ悪いんですが、て、手伝ってもらってもいいですか」
こほっ、こほっ、ごほっ! ──ん? なんだよ、私の素敵な妄想を邪魔しやがって。
軽く睨みつけるが「そっち側を支えてくれるだけでいいんで」と申し訳なさそうな顔で言われ、仕方なく手伝う。
──ほいっと。
「姐さん、なにして……あれ? 軽く、なっ……た?」
「は? お前なに言って……ってアレ? 本当だ」
「え? つか放しても大丈夫……?」
不良たちが次々に疑問の声をあげ、驚いた顔をする。
ははは、面白い顔だな。お前ら。
「……姐さん、そんなこと出来るんなら最初からしてくださいよ」
と、真っ先に気づいたリーダーがため息混じりにそう言ってきたが無視。
女の子が襲われてたのに、黙って隠れてた罰だ、甘んじて受けるがいい。
私は、結構根に持つタイプなんだぞ。
B「水玉だってよ、お前ら見えたか?」
A「いや、オレはずっと頭下げてたから」
C「オレもだ、ちくしょう」
D「お前ら残念だったな! オレは見えたぜ!」
B・A・C「マジで!?」
リーダー「どんな状況でも冷静に……か、姐さんはさすがだな」