#13 共闘してみよう
私は白く光る稲妻がワンコの巨体を真上から貫くのを見た。
*
私はワンコの体が一瞬硬直した隙を逃さずに、攻撃の届かない安全圏まで後退し、肩で息をする茶髪さんを見た。
そして、僅かにこちらを振り向いた彼女と目が合う。
「早く、逃げてください! 私じゃ、アレを止められませんっ!」
茶髪さんの言うとおりのようで、ワンコを見ると硬直したのはほぼ一瞬だけで、ダメージというダメージは負っていないように見える。
私の体験談でいうと、下手な攻撃はこいつらの興奮を煽るだけだ。
こんな状況で逃げてくださいと言われて、素直に逃げるわけには行かない。
ましてや、彼女は私を助けてくれた。
もっとも、ワンコをここに連れてきたのも彼女かもしれないんだけど、そんなことはどうでもいい。
私は思考を一瞬で切り替えると、ワンコの迎撃準備に取り掛かった。
ここがホームセンターで助かった。
こんなにも、私にとって都合のいい戦闘場所はないだろうから。
少し趣味には合わないんだけど、それは仕方がないだろう。
「ちょっと、加勢するね」
私はそう呟くと、彼女に飛び掛るワンコに向け、前方に浮遊させた無数の釘を一斉に発射した。
それらは音もなく飛び、目視できないほどの速度でワンコの体に襲い掛かる。
いくつかは、毛皮で弾かれてカランという音とともに床に落ちたがそのほとんどがワンコの体を縫い付け、ワンコは痛みに体をとられ、ドサリと床に転倒した。
「なっ!?」
驚愕の声をあげ、釘の飛んできた方角を見る茶髪さん。
そして、私の周りに無数に浮遊する鉄釘を見て、更に顔が驚きに染まった。
「あ、貴女……」
私は、立ち上がって私たちを睨みつけるワンコに向けて、第二投の全弾を放つ。
ワンコが再度痛みで悶絶している間に私は驚きの表情で固まる彼女に近づき、声をかけた。
「あと、どれくらい撃てる?」
「へ?」
見た目強気そうな彼女の素っ頓狂な声を聞き、苦笑を漏らしつつ私は続ける。
「さっきの雷、あれ君の魔法でしょ?」
「ま、魔法? あ、はい、そんな感じ、です」
言葉を濁しながらも肯定する。
やっぱりか、どうやら結構色々な種類の魔法がありそうだ。
「まだチカラ残ってる?」
「……そうですね。あと、4、5発。全力で1、2発といったところでしょうか」
「十分」
「あの、それより、貴女のそれ……」
茶髪さんが気になって仕方がないといった感じでそう言ってくる。
「ん、そのことについては後、とにかく今はワンコを倒さないとね」
もっともな反応だけど、聞きたいのは私も同じなんだよね。
「ワン、コ……? クスッ、分かりました、それでどうするつもりですか?」
何がおかしかったのか、彼女がクスリと笑う。
どうでもいいけど、クールな美少女がたまに見せる微笑みってなんかドキっとするよね。
いや、本当にどうでもいいか……。
「私がワンコに避雷針を突き刺すから、君はそれを目掛けて全力でさっきみたいな雷を落として」
「うまくいかなかった場合は?」
「一応考えてあるから大丈夫……いける?」
「やってみます。貴女のこと信用してもいいんですよね」
「それは君が決めて。私は恋咲凛音、凛音でいいよ」
握手を求め手を差し出す。
「分かりました、私は冬月美並、私も美並でいいです」
「うん、よろしく美並ちゃん」
彼女──美並ちゃんから差し出された手を握る。
細くて長い指が気持ちいい。堪能堪能っと。
「こちらこそよろしくお願いします凛音さん──と、自己紹介してる場合じゃなさそうですね」
と、ふいにその感触が消える。
ワンコを見ると、二度の釘による攻撃を受けたことにより警戒を強めつつも攻撃態勢に入っているようだ。
ちっ、邪魔しやがって。
私は長くて丈夫そうな鉄の棒を探す。
そして、手ごろなものをワンコの後ろ数十メートルほど先で発見した。
「私はアレをとってくるから、少しの間援護お願いできる?」
「……分かりました、やってみます」
「よろしくね」
私はそう言うと自分の体の周りに多量の釘やネジなどを纏わせた。
最初は雑多に浮遊しているだけだったそれは私が集中すると共に五重の銀色の円環として、互いに交差しながら綺麗な円運動を描く。
私はこの魔法がどんどん私の体に馴染んでいるのが分かった。
浮遊させる物体の間隔や運動のイメージなどが鮮明になってきているのだ。
将来的にはほとんど手足のように動かせる日も来るかもしれない。
「……すごい」
美並ちゃんがそう呟く。
私はにっこりと笑うと、ワンコに向かって全力で駆けた。
ワンコの注意が私に集中し、自分に近づいてくる獲物を捕らえようと濁った瞳がキラリと光る。
しかし、ワンコに攻撃の隙を与えるわけにはいかない。
私は、五重に巡る円環の内の一つをワンコに向かって射出した。
が、刺さったのはほんの少しだけでそのほとんどが毛皮に阻まれ、少しのダメージも与えることなく地面に転がる。
釘のように指向性のあるものは、意識を集中させない限り必ずしも皆が同じ向きで飛んでいくとは限らない。運良く、先端の尖ったほうを先頭に飛んでいったものだけがワンコの毛皮を突き破ったのだ。
ワンコが怯む。
その隙を狙って、私は更なる連射を止めることなく、ワンコの横を通り過ぎようとした。
逃すまいと、攻撃を受けつつも私を追って、飛び掛ろうとするワンコに更なる追撃が加えられる。
美並ちゃんの放った落雷だ。
それにより呻き声をあげながら動きを止めるワンコ。
私が突き刺した数々の釘たちが小さな避雷針としての役割を果たしているようで、致命傷とは言えないまでもワンコに明確なダメージが通る。
思ったとおり、こいつらは中への攻撃に弱いようだ。
私は最後の連射を、苦しむワンコに放つと一気に走り抜け、鉄でできた長い棒を商品棚から抜き取った。
そして、ワンコにその先端を向けて構える。
「いくよっ!」
「はいっ!」
美並ちゃんに合図を送ったあと、私は集中力を高め私の身の丈ほどもある棒を浮遊させる。
ありったけの魔力を注ぎ込むイメージで。
ギギギギ、と浮遊した鉄の棒が鈍い悲鳴をあげる。
もっと、もっと集中して……。
ギギギギ──
そして、苦しみから顔を上げたワンコと目が合った。
──行けっ!
私がそう念じると共に、鉄の棒は一瞬で姿を消し、瞬きの間にワンコの腹にその半分ほどが突き刺さった。
ブシュゥ、と赤い血が噴き出す。
「ガアアアアアーーーッ!!!」
「美並ちゃんっ!」
「はいッ!!」
そして、血を流し苦しむワンコに向けとどめの一撃が落ちた。