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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

catch me if you can

作者: 佐々木 雨

昼休みの教室には気持ちのいい風が吹いていた。

午後の移動教室に向けて、気の早い連中はちらほら移動を始めている。

のんびりだべっているのは、そう、いつもの顔ぶれ。


「なあ、なんで購買やってねーの?」


俺の一声に、窓際でジャンケンをしていた男子4人がいっせいに振り向いた。


「今日から改装準備で休むって言ってたじゃん」


にべもなく言い放ったのは、4人の中で一番目立つ風貌のミナミだ。

少し明るく染めた髪が、初夏の風にさらさらゆれる。


「うそ、いつ?」

「おととい。なあ?」


ミナミの問いかけに、他の3人がうなずいた。

どうやら聞いてなかったのは俺だけらしい。

昼飯どうしたらいいんだ。

頭を抱えた俺を見て、ミナミが愛想よさげに寄ってきた。


「なっ、そ・れ・よ・り」

「………何?」


あやしい。

妙ににこにこしている。

整った顔立ちにモデル体型のミナミは、うちの学校ではちょっとしたアイドルだ。

女子の間じゃファンクラブがあるとかないとか。

そのミナミが仲間相手にアイドルスマイルをくり出す時は要注意。

そういう時は必ず面倒なことを押しつけようとしているのだ。

4人のうちの誰にも体格で負ける俺は、最近いじられキャラが定着気味で、ちょくちょく不本意な目に合わされている。


「はい、お手」

「……は?」


素直に手なんか出すわけないだろう。

警戒する俺に、ミナミが手の向きを変えた。


「じゃあ、握手」

「……嫌。」


後ろの3人がニヤニヤしながら腰を浮かせて入口の方をうかがっている。

何だ?


「う~~~ん、じゃあしょうがないな」

「お前ら何してんの?」

「……お・に・ご・っ・こ」


言い終わると同時に、ミナミが俺の肩をポンと叩き、ドアの方へ駆け出した。

他の奴らも一斉にドアをめがけてダッシュする。

一拍遅れて何をされたか気づいた俺は、怒りの声を上げた。


「てめ~~~ミナミ~~~!!」

「お前、鬼な~~~!」

「チャイムが鳴った時点で鬼のヤツが負けだから」

「負けたら明日の昼飯おごり。西館から出ちゃダメだぜ」


口々に言う4人を追って廊下に飛び出すと、余裕しゃくしゃくな顔で遠くからミナミが手を振っている。

いつもつるんでいるこいつらは、俺以外の全員が運動部で、足も速い。

俺も遅いほうではないけれど、毎日部活してるようなヤツらには敵わない。

と、なれば。


「ふざけんなミナミ!」


恨みにまかせて張本人を追うのが得策。

そう判断した俺は狙いをミナミ一人に定めて猛然と走り出した。


「うわっ、俺かよっ」


俺の剣幕に驚いたのか、ミナミがビックリした顔で走り出す。

ふふん、甘いな。

そっちの方向は連絡通路があるから人通りが多いんだ。

内心ニヤッとした瞬間、思った通り、女子のグループがミナミの行く手をふさいだ。


「あっ、ゴメン」


突然走ってきたミナミに驚きつつも、学校のアイドルと鉢合わせた女子たちはどことなく嬉しそう。

タラシ代表としては強引に女子の群れをかき分けることもできない。

ミナミがもたついている間に、俺はあっさり追いつき、背中にきつい一発をくらわせてやった。


「いてっ」

「へっ、ちょろいぜ」

「くっそ~~~」


今度は来た道を戻って逃げる俺を、ミナミが追ってくる。

うちの教室の前を通り過ぎると、廊下で様子をうかがっていた他の仲間たちが「うおっ」と身を引いた。


「何だ、結局ミナミか」

「ああ……しかし何ていうか」

「あいつら、お互いしか見てねーよな……」

「俺らも逃げてるんだけどな、一応」

「まぁ、どっちかにおごってもらえるんだからいいんじゃね?」

「ってか、あっち逃げたら体育館しかないし」

「西館オンリーのルール忘れてんな、完全に」


***


途中から半分本気で逃げていたら、いつの間にか体育館に入っていた。

午後の授業はないようで、ひと気はなかった。

がらんとした空気の中、ドタバタと走り回る足音が響き渡り、足元から埃がかすかに舞い上がる。


(やっべ、逃げ場がねぇ)


勢いで舞台袖の控え室のドアをくぐってしまった俺は即座に後悔した。

こんな小部屋に入ったら八方塞がりだ。

急いで出ようとした瞬間、ドアのすぐ外にミナミを見つけた。

してやったり、という満面の笑みでゆっくりとせまってくる。


「ははは、どこに逃げようと言うのかね」

「お前、それ、古すぎて誰もわかんねーよ」

「ラピュタは永遠の名作だろ」

「キャラに合ってねーから」


アホなミナミをかわしつつ、突破口を探す。

入ってきたドアとの間はミナミに抜かりなくふさがれている。

だとしたら逃げ道は一つ。

鍵がかかっていたらアウト。

ここは賭けに出るしかない。


えいっ、とばかりに飛びついたのは、斜め脇にある、ギャラリーへの階段に続くドアだった。

ノブを回して思いっきり引っぱる。

……よし、開いた!


「あっ、待て!」


カンカンカン、と小気味よい音を立てて一段飛びに階段を駆け上る。

日ごろ運動していない身に、やっぱりこれはキツイ。

すぐにペースがゆるみ、結局俺は階段のてっぺんで息を切らしてへたりこんだ。


「何だ、もう終わりかぁ~?」


背後から余裕の声。

ポケットに手をつっこみながら、ミナミが階段を上ってくる。

くそーニヤつきやがって。


「ちょ……きつ……タイムタイム」

「だらしねーなあ」

「お前らみてーな体力バカとは違うんだよ」

「俺は体力も精力も取り柄だ」

「どーでもいーし」


ギャラリーの白い柵にもたれて俺は座り込んだ。

フロアは毎週のように体育で使っていても、ギャラリーに上ることはそんなにない。

久しぶりに見る景色は何だか新鮮で、天井近くにある採光窓から入った日差しが、ちらちらと舞う埃をプリズムのように光らせていた。

過ごしやすい初夏の気温でもさすがに全力疾走の後では汗ばむ。

まだ少し上がったままの息を整え、首筋につと流れ落ちた汗を拭った。


「あっちー」

「……」


隣に佇むミナミがふっと口をつぐんだ。

気にも留めずにワイシャツを第2ボタンまで開け、襟元をつかんで風を入れる。

汗くさいまま午後の授業に出るのは避けたい。

ふと、視界をさえぎられて気がつくと、ミナミが俺の真正面に立っていた。


「……?」

「お前さ」


端正なアイドル顔が嬉しそうにゆがむ。

どうやらイタズラ心にスイッチが入ったみたいだ。

……って待て、俺に対して、か?


ヤバイと思って逃げ出そうとすると、両足をまたがれ、逃げ道をふさがれた。

ミナミの両手がしっかりと俺の頭上の柵をつかんでいる。

この体勢では逃げてもすぐつかまる。

ヤツより背の低い俺は完全に体を囲い込まれてしまった。


「お前さ、色気ムンムンって言われない?」

「……はっ?」


一瞬目が点になった。

何の話?


「前から思ってたんだけど。腰もほっせーし。ケツも締まってるし」

「え……おい…」

「こう、きゅっとしてて。後ろ姿とか誘ってるよな」

「ちょ……勝手に誘われてんじゃねえっ!」


突き飛ばそうとすると、さくっとかわされてしまった。

体勢が崩れたところに、アイドルスマイルのどアップが映る。

にんまりしながらかがみ込んだミナミが、顔を寄せ、そのまま唇を奪われた。


「んっ……」


このエロミナミ!と、叫ぼうとした言葉はくぐもったうめきに変わってしまった。

ミナミは器用に唇だけで俺に触れ、しばらく感触を確かめるようにしてから、ようやく口を離した。

……慣れてやがる。

俺が袖で口をぬぐって赤らんだ顔を隠すのに必死なのに、こいつはそんな俺を見下ろして笑顔さえ浮かべている。


「……くそ、油断した」


しばらくしてようやく恥ずかしさを克服した俺は、小さくつぶやいて正面を見上げた。

柵から両手を離したミナミが、一歩引いて、ニヤッと笑った。


「お前、鬼」

「あ……」


そうか、鬼ごっこ中だったっけ。

とっさに思い出した勢いで、反射的に手が伸びた。

腰を浮かせて、まだ目の前にあるミナミのシャツの裾を思いっきりつかむ。


「あ……」

「あ……」


2人して動きが止まってしまった。

これでミナミがもう1回鬼。

……と、いうことは?


(……やっべぇ)


案の定、水を得た魚のようなイキイキとした表情で、ミナミが体の向きを変えた。

ひとまず立ち上がったはいいけれど、俺の背中はまだ柵だ。

身動きが取れない。

ミナミが思わせぶりに腕を組む。


「ふーん…もう1回してほしいんだ」

「いやっ、それは違っ…」

「またまた~」

「今のはナシでっ…」

「そうは行かないなあ」


ミナミが両脇に手をついて、また俺を閉じ込めた。

くそ~~~学習能力がねぇ。

しかもコイツにもそう思われてるかもと思うとさらに腹が立つ。

ふふん、と笑いながら顔を近づけるミナミに、俺はぎゅっと目をつぶって横を向いた。


(またやられる~)


……って、あれ?


てっきり唇に来ると思っていたその感触は、横を向いた俺のこめかみあたりに落とされた。

その意外なやわらかさに思わず力の抜けた俺の耳元で、ささやき声。


「……追いかけてみろよ」


(え……?)


目を開けると、やっぱりミナミはにやついた笑顔で、先に階段へと歩き出していた。

顔は笑っているくせに、さっきの声は全然笑っていなかった。

いつものおバカ口調でももちろんない。

挑発的で、真剣で、ゾクゾクするようなささやき声。

でも2度目のキスと同じくらいの甘さも隠れたささやき声。


追いかけてみろよ、―――俺を。


(…って、ことだよな?)


階段の下へと消えた長身をぼんやり眺めながら、しばらく放心していると、舞台袖を通ってフロアに出てきたミナミが上を向いて呼びかけた。


「おーい、いつまでそこにいんの?」

「あ…」

「チャイムまであと2分だぜ」

「げっ、マジ?」


腕時計を見ると、確かに時間はギリギリ。

このままじゃ俺が負けだ。


急いで階段を駆け下り、体育館の外に出ると、渡り廊下で他の3人が俺たちを待っていた。


「お前らどこまで行ってんだよ。西館だけだって言っただろ」

「そんで今、鬼どっち?」

「さあ~~~どっちでしょう?」


いつものにやにや笑いでミナミが手を広げた。

その両手でさっきまで俺を閉じ込めていたんだ…。

いらないことを思い出し、赤くなりかけた頬をごまかそうと、俺は下を向いた。

すると、様子がおかしいことに気づいた仲間たちが、からかい口調で俺を指した。


「おい、顔赤いぞ」

「さてはミナミに何かされただろ」

「気をつけろよ。こいつの近くにいると3秒で妊娠するぜ」

「いや~、いくら俺でも3分はかかる」

「生々しいからやめろ」


軽口をたたくミナミたちに気づかれないように、こっそり腕時計を確認。

時計はあと1分だ。


「で?鬼、どっち?」


1人が訊いたのをきっかけに、すのこの上を猛ダッシュ。

ミナミも皆と一緒になって笑いながら逃げまどう。


(……逃げてみろよ)


あんなこと言うんだったら。

俺が追いかけたくなるくらい、見せつけてみろよ。


風の吹きぬける渡り廊下から西館に入り、はしゃいで逃げていく仲間たちを追いかける。

チャイムが鳴るまであと数十秒。

これでつかまえられなきゃ負け決定。

ラストスパートだ。


俺は息を弾ませながらまぶしい日差しでいっぱいの廊下を駆け抜けた。

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