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cherry

作者: 響己 剣

 同じ時間、同じ車両、同じ位置に彼女は居た。

 毎朝見かける彼女は、その制服から察するに高校生だろう。

 扉の前が彼女の場所で、俺はそれを少し離れた扉の前で見つめている。停車駅は俺の一つ前。その駅から近い高校といえば偏差値がすごく高いと有名な女子高だと推測できた。

 俺は彼女の横顔しか見たことはないけれど、彼女がとても美人であることは想像がついた。

 大きな瞳。鼻筋はキレイに通っていて、口は小さい。黒髪は腰まで伸びて、背は俺よりも十センチほど高いだろう。聡明なのは明白で、スポーツも得意そうな雰囲気だ。まさに「高嶺の華」だった。

(でも、顔はすごく好みなんだよな)

 だから目が離せない。頭も運動も並しかない俺には、声をかけるなんて大それたことは出来なかった。今は見ているだけで幸せだから、それでいいと納得している。

「その汚い手でどこ触ってんのよ!」

 彼女から目を離した一瞬。突然車内でドスの利いた声が響いた。他の乗客がある一点を見つめている。俺もつられるようにその方向を見た。

「え?」

 その視線の先には俺の好みの彼女がいて、くたびれた中年サラリーマンの手を捩りながら掴んでいた。中年親父は悲鳴にもならない声で悲鳴を上げていた。

「あんた、知能低そうな顔してイイ度胸してんじゃない。このあたしに手出すなんてね」

 なおも腕を掴みあげると、中年親父は「痛い、折れる!」と喚いた。どよめく車内。そして、電車は彼女が降りる駅で止まった。

 彼女は乗客のどよめきを無視して、中年親父と一緒に電車を降りた。

 扉が閉まると同時に、俺にも恐怖が襲った。

(……こ、こえぇぇぇ!)

 やっぱり、美人には性格のキツイ人が多いのだろうか。

 仮にもし、彼女と付き合えることになるとしても、多分三日と続かないかもしれない。

(性格キツイのだけは勘弁だな)

 顔を選ぶか性格を選ぶか。俺には究極の選択だ。



 


「シンヤ、急で悪いが明日から福岡に出張になった」

 帰宅するなり、親父は言った。

 親父の仕事を具体的には知らないが、パソコン関係だということは把握している。出張も多く、そのせいで母と離婚した。母は寂しかったんだろうと親父はいったが、俺にはあまり意味がわからなかった。

 しばらく出張の話を聞いてないと思っていたが、そういう話は忘れたころに舞い込むのがセオリーだ。

「今度はいつまで?」

「二ヶ月くらいだな。その間、お前一人で寂しいだろうと思うから、ある人を紹介したいんだ」

「寂しくないし。ていうか、家政婦さんとかいらないし」

「バカだな。そんなもったいないことするか。違う違う。父さんな、再婚することにしたんだ」

 母と離婚してそろそろ三年になる。再婚してもいいころだ。俺は別に反対なんかしないし、するつもりもない。だけどこれはあまりに急な話ではないだろうか。ましてや面識のない人間と、親父がいない間ずっと一緒にいるなんて考えるだけでも息が詰まる。

「ちょ、そういうのはもっと早く言えよ」

「悪いな。ここんとこ仕事で忙しくて、気が回らなかった」

 悪びれた様子もなくヘラヘラと笑う親父の顔を一発殴ってやりたいと思ったが、無駄に疲れるだけだと思ってやめておいた。

「で、新しいお母さんはいつ来るの?」

「もうすぐだ」

 親父の言葉のタイミングを見計らったように、玄関のチャイムが鳴った。

「来た来た」

 意気揚々と玄関に向かう親父の背中を、俺はげんなりとしながら見送った。

 心の準備もままならないのに、どんな顔をして会えばいいんだろうか。

「シンヤ、紹介するよ。こちらが武藤悦子さんだ」

 締まりのない顔をした親父が、隣に立つ女の人を紹介した。

「はじめまして、シンヤくん。突然のことで驚かせてごめんなさい」

 母親になるその人は、見た目から品の良さが窺えた。清楚でキレイな人だった。栗色の髪は胸元まであって、毛先まで手入れされた髪はゆるやかにウェーブを描いていた。

「いえ、あの……」

 なんと言っていいかわからず落ち着きなく視線を泳がせていると、親父が「それから」と続けた。

「武藤さんの娘さんの桜子さんだ。T女子学院の二年生だ」

 T女子といえば、電車の彼女と同じ高校だ。

 頭の出来が違いすぎることで、きっと親父は勉強を教えてもらったらどうだとか余計なことを言い出すに違いない。

 うんざりしながら視線を娘のほうに向けた。俺は、驚きすぎて言葉が出なかった。

「勉強を教えてもらうといい」

 その人の顔を、俺はよく知っている。間違うはずもなかった。

 大きな瞳。鼻筋はキレイに通っていて、口は小さい。黒髪は腰まで伸びて、背は俺よりやっぱり十センチほど高い。

「電車の……」

「なんだシンヤ。桜子さんを知ってるのか?」

 知ってるも何も、朝からすごい光景見ちゃったんですけど!

 声に出して叫んでみたかったが、彼女の視線が真っ直ぐ俺に向いていて声にならなかった。

 電車で見かけるときとはまるで違う様子に、俺は知らず体をすぼめていた。

「二ヶ月、桜子さんがお前の面倒見てくれるからな」

「は?」

 思わず間抜けな声が出たのは、親父が意味のわからないことを言ったせいだろう。意味を問うように首を傾げると、親父は再婚相手の肩に手を回し、こう言った。

「悦子さんは俺と一緒に福岡に来てくれることになってる。新婚旅行を兼ねて」

 満面の笑みで微笑みあう二人は、まさに新婚そのものに見えた。

「は?! 何言ってんだよ! そんなこと急にいわれても!」

 どんなに慌てふためいて抗議しても、俺の言葉なんかまったく耳に入らないらしい親父は、二人でそそくさと荷造りをするために書斎へ向かった。

「うそだろ……」

「……あたしもそう思った」

 肩を落としてげんなりする俺に、電車の彼女、桜子さんは言った。その表情は冷たく、唇は一文字に結ばれている。

「でも、もうどうしようもないから我慢してよね」

 あたしも我慢するから。と続きそうな桜子さんの視線に、俺は頷くしかなかった。

二ヶ月。怖い怖い桜子さんと暮らしていけるのか、不安は拭えない。

 




 翌朝早く、親父は悦子さんと福岡に行ってしまった。

 リビングには親父の幸せ満載の書置きと悦子さんが作ったのであろうクマをかたどったいわゆる「キャラ弁」が作ってあった。

「……この弁当を持っていくのか」

 栄養バランスが考えらている弁当はすごくありがたいが、中二の男子がこの弁当を持っていけばきっと非難の嵐だろう。

 今日は屋上で一人弁当を食べることに決めた。

「あ……、おはようございます」

 床が小さく軋んだ音で振り返ると、登校の準備を完璧に終えた桜子さんが無表情に現れた。俺が挨拶すると短く「おはよう」とこたえただけで、キャラ弁を見つけて心底げんなりした顔をした。

「明日から、あたしが君の分のお弁当作るから」

 桜子さんは静かに告げた。俺が声にならない声で聞き返すと、今度はあからさまにぶっきらぼうに補足をしてくれた。

「二ヶ月間、あたしが君の面倒を見なくちゃいけないの。お弁当も洗濯も。あと、君の勉強も」

「え、勉強も? いいですいいです、そんなの!」

「目一杯拒んだって無駄よ。君のお父さん、……ともかくお父さんに頼まれたんだから」

 余計なことしやがって。

 親父がいない間は勉強のことをうるさく言われることもないだろうと思っていたのに。

 親父の抜け目のなさにはため息しか出てこない。しかも、おっかない桜子さんにお目付け役を頼むなんてあんまりだ。

「……そうですか」

「逃げようとしたら、倍だから」

 冷たく言い放たれた言葉は、俺の心臓を打ち砕いた。俺の行動を先読みされていたらしい。言い訳つけて勉強から逃げても無駄なようだ。

「じゃ、あたし学校行くから」

 桜子さんは水を一杯飲んだだけで、さっさと玄関へ向かった。ぼんやり見送ってからリビングに備え付けてある掛け時計に目をやるといつもより数分も早く時間が刻まれていた。

「遅刻だ!」

 桜子さんと同じ電車に飛び乗れば間に合うだろうが、昨日とはあまりに状況が違う。今日は遅刻してでも一本遅い電車に乗るほうが得策だと判断した。

 せっかくだからキャラ弁を朝食代わりにたいらげ、昼食は購買でパンを買うことに決めた。





「だから、どうしてそうなるかな。君ちゃんと公式覚えてるの?」

 桜子さんがため息交じりに言った。

 俺は数学の教科書とノートを見比べながら頭を抱える。

 苦手科目を克服する、という名目で今、数学の証明の問題をやっている。

 上から目線で「証明せよ」と書いている教科書の問題に「だから何を証明するんだ」と食ってかかる俺。

 桜子さんも丁寧に教える気はないらしく、間違えるたびに教科書を頭から読まされた。

「公式なんてあるんですか?」

 ちんぷんかんぷんな頭で訊ねる。桜子さんは面倒くさそうに口を開いた。

「公式っていうのは数学における法則性のことよ。君、何回教科書読んでるの。まだわかんない?」

 多分、ずっとわかんないと思います。

 なんてことはさすがに言えなくて、言葉に詰まりながらうんうんう呻っていると、空気の読めない腹の虫が悲鳴を上げた。

「ご、ごめんなさい」

 桜子さんに怒られる! 

 瞬時にそう思い、思わず頭を教科書でガードした。

「なんだ。お腹減ってるの?」

「え?」

 思いのほか桜子さんが比較的優しくそう言うので、俺は拍子抜けした。

「そういえばそろそろ夕飯の時間ね。ご飯作ってくるから、その間もう一度教科書を隅から隅まで読んでおいて」

 桜子さんは言うだけ言って、颯爽と部屋を出た。

 言葉はキツイが、冷たくはなかった態度に知らず安堵のため息がこぼれた。

「……って、どんだけ怖いんだよ」

 勉強を教えてもらっているとき、必要以上に桜子さんの顔が近づく。桜子さんの薄くつけられた香水が俺の鼻腔を甘くくすぐる。息遣いが聞こえる。

 斜め四五度の桜子さんの顔も、やっぱりキレイだった。

「勉強に集中できるわけねぇじゃん」

 だって顔はモロ好みなんだし。

「シンヤくん、ご飯できたー!」

 階下で桜子さんの声がした。俺は大きく返事をしてリビングへ向かう。

 階段を下りるとカレーのいい匂いがした。

「カレーだ!」

「味は保障しないけど」

 飛びつくように席に着いた俺に、桜子さんは冷ややかに告げた。

 まさか毒でも盛られているわけじゃないだろうけど、なんとなく尻込みをしてしまったのは桜子さんの物言わせぬ迫力のせいだろう。

 食事中はとにかくカレーに集中した。

 桜子さんと楽しく会話、なんてことが想像出来なかったからだ。沈黙を守るくらいならカレーにがっついたほうが身のためだと判断したのだ。

「うめぇぇぇ!! カレー超美味いっス! おかわり!」

 親父の作るカレーとは全然違っていた。手間隙のかけかたは同じだろうに、だけど作る人が違えばこんなに味が変わるのかと感動した。

 これが桜子さん家の味なんだろうなと思うと、ちょっとドキドキもした。

「もうちょっと味わって食べなさいよ。そんなにがっつかなくてもまだあるから」

「だって、マジ美味いんだもん、桜子さんのカレー!」

「……バカね」

 桜子さんの呟きは、俺の耳まで上手く届かなかった。もう一度耳を傾けようとすると、桜子さんは俺のカレー皿を持ってキッチンに向かっていた。

 急に静かになった桜子さんの様子を窺おうと、キッチンを覗き見る。

 カレーを温めなおしている桜子さんの顔が、少し綻んでいるように見えた。

(まさか……!)

 笑顔の桜子さんなんて、今まで一度も見たことない。見たことあるのは電車の中から動く景色を無表情に見つめている横顔か、痴漢に怒鳴りつけてる顔か呆れている顔くらいだ。

(桜子さん、笑うんだな)

 笑うと可愛いということに気がついた。

 美人で、可愛い。

 そしてその笑顔に何故だか胸は高鳴る。

(やっぱ、好みだ)

「君、何やってんのそんなところで」

 その万分の一でいいから、俺に笑顔を向けてくれないかなぁなんて思うのは、理想が高すぎなんでしょうか。





 桜子さんは本当に毎日、俺に弁当を持たせてくれた。

 一回口にしたことは絶対にやり通す性格なのかどうかはわからないけど、毎朝無表情に俺に弁当を差し出してくれる桜子さんは、少し照れくさそうにも見えた。

 まぁ、俺が都合のいいように見ているだけかもしれないけど。

 いつもは大概電車を一本遅らせていた。桜子さんと一緒に電車に乗るのが照れくさくもあったし、怖くもあった。そして何より桜子さんが嫌がったのだ。

「万が一クラスメイトに見られて冷やかされると面倒だから」

 というのが桜子さんの言い分だ。

 だけどあからさまに嫌そうな顔をされてしまうと、なんだか少し傷ついてしまう。

 そんな理由もあってずっと一緒の電車にならないようにしていたけど、日直当番でどうしてもいつもの電車に乗らなければならなくなった。「一緒の車両にいない」という条件で桜子さんは渋々諦めたのだけど、朝の通勤ラッシュと重なる電車にそんな余裕はなく、駅員に無理やり押し込まれる形で俺と桜子さんは同じ車両の扉の前にいた。

 桜子さんは納得がいかないのか、不貞腐れたような顔で俺から顔を背けた。

 不安定に揺れる車内は密集した人たちに支えられながら、やっとの思いで自分の場所を確保していた。

 体温と熱気であふれ、じんわり汗ばんでくる。時折バランスを崩した桜子さんの腕や胸が、俺の頬に触れた。

 そのたびに睨まれ、俺はわざとらしく顔を背けた。

 俺に触れた桜子さんの体は想像していたよりもずっとあたたかくて柔らかい。

 朝だというのに疲れ果てた様子のサラリーマンに押されながら、こっそり桜子さんの顔を盗み見た。

 凛とした表情。整った顔。キュッと引き締められた唇はキレイなピンク色をしていた。

 うっすら化粧をしていることに初めて気がついた。

 その桜子さんの顔が、苦痛を堪えるように少しだけ歪んだ。

 俺がじっと見ていることに気がついて、気分を害したのかと思ったが、桜子さんの視線は窓の外に向けられたままで俺の視線には気がついていないようだった。

「桜子さん、どうかした?」

 必要以上に声を潜める必要はないと思ったが、咳払いしか聞こえないような空間で喋るのは気後れした。

 桜子さんは眉根を寄せながら一度だけ俺のほうを見たが、口を閉ざし何も言わないまま、また視線を窓の外へ戻した。

 相変わらず読めない人だ、と思いながら視線をわずかに出来た空間へと落とす。

 桜子さんの足以外にも革靴が磨り減ったサラリーマンたちの足が見えた。そして、桜子さんと異常に距離が近い男の足を見つけた。

 桜子さんの足が少し震えているような気がする。表情はあまり変わらない。もう一度足元を見た。やっぱり震えているような気がする。視線を少しだけ上に上げた。ちょうど桜子さんのお尻あたりだ。

 不自然に密着した男の手があった。手のひらには少しシミがあって、中年くらいの男の手だと理解した。その手を、ゆっくり上へたどる。見たとこ四十代半ばくらいの前髪がそろそろヤバそうなサラリーマンに行き着いた。

 目線は桜子さんのうなじあたりにあって、危機感は微塵も見られず、スリルを楽しんでいるように見えた。

「桜子さん……」

 ついこの間痴漢を撃退したはずの桜子さんは、口元を震わせ、目もなんだか潤んできてる。

 もしかしてあのときも。

 本当は、すごく怖かったんじゃないか。

 どんなに気が強くても、桜子さんは女の人で。男の力には適わないことをわかっているんだ。なのに桜子さんはあのとき、勇気を振り絞った。

 それが二回目となれば、怖くて震えてしまうのかもしれない。勇気なんて、いつもいつも湧いてくるわけじゃない。

「や……っ」

「やめろよ!」

 車内がざわついた。

 俺はほとんど無意識に怒鳴っていた。汚いおっさんの手を力の限り握り締め、睨んだ。

 男は一瞬何が起こったのか理解出来ない顔をして、周りの乗客に助けを求めていた。

「いい歳したおっさんが痴漢なんてみっともねぇぞ」

「な、何を言ってるのかなこの子は」

 男の乾いた笑いがざわつく車内に虚しく響いた。

「この人、あたしのお尻触ってました。しかも、しつこく!」

 涙目の桜子さんが、男に追い討ちをかけるように言った。

 完全にパニックに陥った男と共に次の駅で降り、鉄道警備隊に男を引き渡した。

 俺も桜子さんも簡単な事情聴取を受けた。

 解放された頃には完全に遅刻が決定していた。

「……なんか、ここまで遅刻すると行く気なくすな……」

「じゃあ、サボる?」

 わざと呟いた言葉に、桜子さんが抑揚のない口調でこたえた。

 まさか桜子さんがそんなこと言うなんて思っても見なくて、思わず桜子さんの顔を見上げた。そしたら桜子さんは、

「助けてくれたお礼、させてよね」

 ツンとした顔のまま言ったけど、その横顔はどこか照れたようで、俺は少しうれしくなった。

「じゃ俺、桜子さんと遊園地行きたい!」

「遊園地? 子供じゃあるまいし……って、君まだ子供か」

 納得したように言う桜子さん。わざとらしく不貞腐れて「子供じゃない」と言い返してやると、桜子さんが笑った。

 はじめて、俺に向けて。

 それはとてもとても優しくて、まるで春の花のようで。

 冷たくてすました桜子さんと同一人物だとは到底思えなかった。

 桜子さんも俺に笑顔を向けたことを不覚と思ったのか、すぐにいつもの冷たい表情に戻った。

「ほら、いくよ」

「え、どこに?」

「遊園地でしょ」

 偶然到着した電車に桜子さんは乗り込んだ。俺も慌ててその背中を追いかけた。

 本当は優しくて、弱くて、笑顔が可愛い桜子さん。

(やっぱり、俺の好みだな)

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、性格も含めて好きになれそうな気がした。

「どうして、助けてくれたの?」

 不意に桜子さんが訊ねた。

 少しだけ空いた車内でも、桜子さんは扉の前にいた。俺は一人分の距離を開けて桜子さんを見ていた。

「どうしてって……。桜子さん、震えてたから。俺が、守ってやんなきゃって」

「生意気」

 桜子さんが俺のおでこを指で弾いた。

 ピンポイントで弾かれ、痛みに涙が滲む。

「でも、カッコよかったよ」

 桜子さんの視線は、窓の外。

「ありがとうね、シンヤくん」

 ガタゴトと揺れる電車の中。居眠りをするおばさんの寝顔は、気持ちよさ気で。

 俺は、はじめて優しい言葉をくれた桜子さんにどんな顔をしていいかわからず、考えに考えた末、自分の足元に視線を向けることにした。

 桜子さんはそれきり、何も言わなかった。

 俺も、何も言えなかった。

 ただ電車の揺れる音と振動が心地よく俺を包み込んでいた。

(ヤベ……。マジで好き、かも)

 その想いは自覚した途端に胸の奥で発火して、熱くなる。

(でもちょっと待てよ。俺と桜子さんは一応キョウダイになるわけだから……)

 世間的にはナシだろう。そもそも桜子さんが俺の相手をしてくれるとも思えない。

(告白する前から失恋決定じゃん!)

 熱くたぎる胸。

 あまりに熱すぎて、悶絶した。

「何やってんの? 恥ずかしいからやめてよ」

 桜子さんの冷たい一言に、熱が冷める。

 やっぱり、どんなに可愛く見えても桜子さんは桜子さんだ。

 次の到着駅を知らせるアナウンスが聞こえた。ほどなくして、扉が開く。

「ここで降りるよ」

「え? ちょ、待って!」

 何ぼんやりしてんのよ、と笑う桜子さんの後ろで、ピンクに色づいた花が咲いていた。

 桜子さんは、花のように笑う人なんだと知った。

 この笑顔を、独り占めしたいと思った。

「シンヤくん、蜂に気をつけて」

「ちょ……! 桜子さん、追い払ってよ!」

 冷たいし、キツイし、薄情だし、やっぱり怖いけど。

「なんであたしが。連れて来ないでよね。あたし、先に改札出てるから」

 ま、キレイな花にはトゲがあるのはお約束ってことで。





                   終


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回作も、ゼヒお楽しみに!

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