35話 保護
『正確な所在地をお伝えすることはできません』
女性の声は、澪の質問に間を置かず答えた。
『安全管理下にある一時保護施設です』
「どこの組織が管理しているんですか」
『現在、所属をお伝えすることはできません』
「所属も分からない相手に、保護されていると考えろということですか」
『すぐに信用していただけるとは考えておりません』
否定も、言い訳もしなかった。
澪は扉の前に立ったまま、スピーカーを見上げた。
「私をここへ連れてきたのは、あなたたちですか」
『はい』
否定も、言い換えもしなかった。
「どうしてですか」
『白石さんの安全を確保する必要があったためです』
「何から守るんですか」
わずかな間があった。
『あなたの安全を脅かす存在からです。詳細については、担当者から改めて説明いたします』
答えているようで、具体的なことは何も言っていない。
澪は次の質問へ移った。
「母は、どこにいますか」
『白石香織さんはご無事です』
初めて、肩からわずかに力が抜けた。
「怪我は?」
『私たちが確認した範囲では、ありません』
「一緒にいた人たちは?」
『現場を離脱した時点で、命に関わる状態の方はいませんでした』
無事だとは言わなかった。
負傷していないとも言っていない。
確認できた時点と、範囲を限定している。
「母と話をさせてください」
『申し訳ありません。現在、外部との直接通信は許可されていません』
「無事だという証拠は?」
『ご家族には、白石さんが安全な状態にあることをこちらからお伝えします』
「それでは、私には確認できません」
『はい』
また、否定しなかった。
澪は扉の取っ手へ目を落とした。
「このドアを開けてください」
『現在、居室の外へ出ていただくことはできません』
「いつまでですか」
『安全が確認されるまでです』
「それは、いつですか」
『現時点ではお答えできません』
澪は数秒、黙った。
声を荒らげても扉は開かない。
相手が答えられる質問と、答えるつもりのない質問。その境界を確認する方が先だった。
「私に危害を加えるつもりはありますか」
『ありません』
「ここにいる間、何をされますか」
『健康状態の確認以外に、白石さんの同意なく医療行為や検査を行うことはありません。生活に必要なものは、可能な範囲でご用意します』
「外には出られない。家族とも話せない」
『はい』
「それは、保護ではなく拘束ではないですか」
今度は、返答までに二秒ほど掛かった。
『そう感じられることは理解しています』
「質問には答えていません」
スピーカーの向こうが静かになる。
『現在、私たちは白石さんを自由に外へ出すことができません』
澪は小さく息を吐いた。
保護ではない、とも言わない。
拘束ではない、とも言わない。
ただ、外へ出せないという事実だけを認めた。
「あなたの名前を教えてください」
『申し訳ありません。個人名はお伝えできません』
「では、今話している人を識別できる番号はありますか」
短い沈黙。
『施設管理担当、十二番です』
「分かりました」
『間もなく担当者が朝食をお持ちします。その際に、施設内での生活についてご説明いたします。体調に異常はありませんか』
「今のところは」
『必要なものがあれば、呼び出しボタンでお知らせください』
音声が途切れた。
澪は時計を見る。
午前六時五十四分。
机へ戻り、ノートを開いた。
六時四十八分、呼び出し。応答まで六秒。
一時保護施設。
母は無事。現場離脱時点で、命に関わる負傷者なし。
所在地非開示。外部通信不可。退出不可。
応答者、施設管理担当十二番。
澪はそこまで書き、ペンを止めた。
相手がこのノートを見る可能性は高い。
だから、推測は書かない。
何を考えたかではなく、何を言われたかだけを残す。
ノートを閉じ、先ほどと同じ位置へ戻した。
「……保護」
声に出してみても、開かない扉との意味は重ならなかった。




