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3026  作者: Dar_3026
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31/59

31話 追跡

 バックミラーを見る。

──来る。

 黒いワゴンは、必要最小限の加速で距離を詰めてくる。

 全く無駄のない追跡だった。

 御影は小さく息を吐いた。

(やはり、素人じゃない。)

 誠もバックミラーを覗き込み、思わず声を上げる。

「追ってきた!」

「見えている」

 御影は短く答える。

 その声には焦りがなかった。

 住宅街を抜ける交差点が近づく。

 御影は一瞬だけ信号へ視線を向けると、そのまま前だけを見据えた。

 住宅街を抜け、大通りへ出る。

 御影はバックミラーを一瞥した。

 黒いワゴンは一定の距離を保ったまま追従してくる。

 車間を詰めるでもなく、離れるでもない。

 まるでこちらの出方を窺っているようだった。

(落ち着いている……。)

 追跡にも慣れている。

 御影はそう判断した。

 前方の信号が黄色へ変わる。

 誠が声を張り上げた。

「行ける!」

 だが御影はアクセルを踏み込まない。

 ゆっくりとアクセルを戻し、車速を落とした。

「お、おい!」

「なんで減速する!?」

 次の瞬間だった。

 ブォォォォン!!

 横道から大型トラックが交差点へ飛び出す。

「きゃあっ!!」

 澪の母が思わず悲鳴を上げる。

 澪も咄嗟にシートへ身体を押し付けた。

「い、今の……」

 御影の車はトラックの鼻先をかすめるように通過する。

 トラックが二台の間へ割って入った。

「危ねぇな!!」

 トラック運転手の怒鳴り声が夜道に響く。


「……」


 御影は一切振り返らない。

「ちょ、ちょっと!こんな運転したら危ないです!!」

 澪の母が叫ぶ。

「危ないからです」

「追跡車を止めるためじゃない。あのまま進めば、こちらがぶつかっていた」

 御影は前だけを見据えたまま、静かにアクセルを踏み込む。


「……」


 バックミラーの奥。

 トラックの陰から黒いワゴンが再び姿を現した。

「しつこいな……」

 御影は小さく呟いた。

 誠は思わずバックミラーと御影の横顔を見比べた。

「……なんで分かった?」

 黒いワゴンは一定の距離を保ったまま、ぴたりと後ろにつけていた。

 詰めてもこない。

 離れもしない。

 まるでこちらの動きを測っているようだった。

(焦らないか……。)

 御影は小さく口元を引き締める。

 前方に片側二車線の道路が見えた。

 左ウインカーを出す。

 黒いワゴンも、わずかに左へ寄る。

 その瞬間。

 御影はウインカーを消し、そのまま直進した。

 誠が驚いて声を上げる。

「曲がらないのか!?」

「……試しただけだ」

 バックミラー。

 黒いワゴンは一瞬だけ進路を乱したものの、すぐに体勢を立て直す。

 距離はほとんど変わらない。

 御影は小さく息を吐いた。

(引っ掛からない。)

 一方――

 黒いワゴンの車内。

 助手席の男が短く報告する。

「対象B、フェイントを確認」

 運転席の男は表情一つ変えない。

「想定内だ」

「不用意に詰めるな」

「誘い込まれる」

「了解」

 ワゴンは依然として一定の車間を保ち続ける。

 御影はバックミラー越しにその様子を見つめ、小さく呟いた。

「厄介だな……」

 誠が不安そうに尋ねる。

「あんた……撒けるのか?」

 御影はすぐには答えなかった。

 前方。

 信号。

 対向車。

 歩行者。

 バックミラー。

 すべてを一瞬で確認し、静かに口を開く。

「……まだ始まったばかりだ」

 アクセルがさらに踏み込まれる。

 夜の札幌を、二台の車が駆け抜けていった。

 交差点を抜ける。

 御影は一瞬だけバックミラーを見る。

 黒いワゴン。

 車間距離は変わらない。

 まるで一本の糸で繋がれているようだった。

「まだ来るのかよ……」

 誠が苦い顔をする。

 御影は返事をしない。

 視線は前方。

 信号。

 横断歩道。

 停車中の配送トラック。

 路上駐車の軽自動車。

 歩道を走る自転車。

 次々と景色が流れていく。

 その全てが、自然と頭の中で組み替えられていく。

(……右。)

 考えたわけではない。

 そう感じた。

 ハンドルを切る。

 細い生活道路へ入る。

「そっちか!」

 誠が慌ててシートを掴む。

 住宅街。

 見通しは悪い。

 普通なら避ける道だった。

 しかし御影は速度を緩めない。

 右。

 左。

 また右。

 迷いがない。

 まるで何度も走った道のようだった。

「ちょ、ちょっと!」

 澪の母が再び声を上げる。

「こんな細い道を!?」

 御影は短く答える。

「広い道は読まれます」

 その一言だけだった。

 後部座席。

 樹は窓の外を見つめていた。

(……そうだ。)

 また理由は分からない。

 だが、この道でいい。

 そんな確信だけが胸にあった。

「樹さん?」

 澪が不思議そうに顔を覗き込む。

 樹は首を振る。

「いや……」

 自分でも説明できなかった。

 一方。

 黒いワゴン。

 運転席の男が淡々と口を開く。

「住宅街へ侵入」

 助手席。

「追いますか?」

「当然だ」

 短い返答。

 黒いワゴンもまた、迷いなくその細道へ滑り込んだ。

 御影はバックミラーを見て、小さく笑う。

「……やっぱり来るか」

 逃げる者。

 追う者。

 どちらも迷わない。

 だからこそ、決着はまだ遠かった。

 片側三車線の幹線道路へ出る。

 車の流れは速い。

 御影は速度を合わせるようにアクセルを踏み込んだ。

 バックミラー。

 黒いワゴンは二台後方。

 ぴたりと追従している。

「離れねぇな……」

 誠が舌打ちする。

 御影は答えない。

 前方の交差点。

 右折車線には数台の車が並んでいる。

 直進車線は空いている。

 御影は直進車線へ入った。

「そのまま行くのか?」

 誠が尋ねる。

 御影は短く答えた。

「いや」

 その瞬間。

 右ウインカー。

 急な進路変更ではない。

 わずかな隙間へ滑り込むように車体を右折車線へ移した。

 後続車がクラクションを鳴らす。

 しかし危険な割り込みではない。

 流れを読むような自然な動きだった。

 黒いワゴンも追従する。

(乗ってきた。)

 御影は交差点へ進入する。

 右折。

 直後。

 もう一度右折。

 さらに左折。

 細かな方向転換が続く。

「遊んでるんじゃねぇよな……?」

 誠が顔を引きつらせる。

「遊ぶ余裕はない」

 御影は即座に返した。

 バックミラー。

 黒いワゴンは、一台分ほど距離を広げていた。

 だが、消えない。

「……しぶとい」

 御影は初めて小さく笑う。

「本当にプロだ」

 後部座席では、澪の母がシートベルトを握り締めていた。

「お願いだから……事故だけはやめてください……」

 震える声だった。

 澪は母の手をそっと握る。

「大丈夫」

 そう言った自分自身にも、その根拠はなかった。

 樹は窓の外を見つめている。

 交差点。

 標識。

 流れていく街並み。

 その一つひとつが、なぜか見覚えのある景色のように感じられた。

 一方、黒いワゴン。

「対象B、進路変更を繰り返しています」

「意図は」

「こちらの判断を揺さぶる狙いかと」

 短い沈黙。

「構わん」

 指示は一言だった。

「追従を継続」

 ワゴンは速度も車間も変えず、夜の街を追い続けた。

 前方の信号が黄色へ変わる。

 大型トラックがゆっくりと交差点へ進入していく。

 その奥には、数台の対向車。

 御影の視線がわずかに細くなる。

(……ここだ。)

 アクセルを踏み込む。

「えっ!?」

 誠が思わずダッシュボードを掴んだ。

「ちょ、ちょっと!」

 澪の母も声を上げる。

 車は速度を落とさない。

 大型トラックが右折を始める。

 その鼻先をかすめるように、御影の車が交差点を抜ける。

「きゃああっ!」

 車内に悲鳴が響く。

 バックミラー。

 トラックが交差点を塞ぐ。

 黒いワゴンは急減速。

 対向車も動き始める。

 進路が完全に閉ざされた。

「よし……!」

 誠が拳を握る。

「見えなくなった!」

 御影は答えない。

 バックミラーを見つめる。

 十秒。

 二十秒。

 三十秒。

 まだ現れない。

 澪は恐る恐る後ろを振り返った。

「……いない」

 母も息を切らしながら窓の外を見る。

「もう…大丈夫なんですよね…??」

 御影は静かに息を吐いた。

「まだ分かりません」

 そう言った直後だった。

 バックミラーの奥。

 黒いワゴンが再び姿を現す。

 誠が思わず叫ぶ。

「嘘だろ!?」

 御影は苦笑した。

「執念深いな」

 一方、黒いワゴン。

 助手席の男が無線を開く。

「対象、視認」

 返答は一言。

『継続』

 感情はない。

 焦りもない。

 ただ任務を遂行するだけだった。

 左。

 すぐ右。

 さらに右。

 バックミラー。

 黒いワゴンはまだいる。

「まだ来るか」

 御影は交差点を一つ見つめる。

(……ここ。)

 急減速。

 左折。

 ほぼ同時に大型バスが交差点へ進入する。

 ワゴンは進路を塞がれる。

「見失いました」

「慌てるな」

「対象は、まだ追えている」

「周辺を捜索」

「了解」

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