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3026  作者: Dar_3026
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29/59

29話 二十時五十八分

 午後七時三十分

 樹は部屋の時計を見上げた。

 針は午後七時三十分を指していた。

 テレビはついている。

 バラエティ番組らしい笑い声が部屋に流れているが、内容はまるで頭に入ってこない。

 テーブルの上には読みかけの雑誌。

 スマートフォンを手に取っては置き、また手に取る。

 朝からずっと、こんな調子だった。

 胸の奥に引っかかった小さな違和感。

 最初は気のせいだと思っていた。

 昼になっても消えず、夕方になっても消えない。

 理由は分からない。

 何かを忘れているような。

 何かが起ころうとしているような。

 そんな曖昧な感覚だけが、時間とともに大きくなっていく。

「……なんなんだよ」

 誰に向けたわけでもなく呟く。

 窓際へ歩き、カーテンを少し開ける。

 住宅街は静かだった。

 街灯が並び、帰宅途中の学生が笑いながら歩いていく。

 どこにも異変はない。

 それなのに。

 胸のざわつきだけは収まらなかった。

 深く息を吐き、ソファへ腰を下ろす。

 考えても答えは出ない。

 それでも考えずにはいられない。

「……一体、なんなんだ」



 同刻――

 資料室の机の上にはノートパソコンが開かれたままだった。

 画面には御影が昼から調べ続けている情報が並んでいる。

 ニュース。

 SNS。

 事故情報。

 災害情報。

 大学周辺の動き。

 どれも異常は見当たらない。

 御影は椅子にもたれ、静かに目を閉じた。

 違和感だけが残っている。

 情報が足りないのか。

 あるいは、自分が何かを見落としているのか。

 思考を巡らせても、答えは出ない。

 長年の経験から言えば、この感覚を軽視したくはない。

 だが経験だけで動けば、それは勘に頼るのと変わらない。

 証拠がない。

 根拠もない。

 それでも。

 胸の奥では、小さな警鐘が鳴り続けていた。

「……説明がつかない」

 静かな部屋に、その一言だけが落ちる。

 時計の秒針だけが規則正しく時を刻んでいた。



 同刻――

 夕食を終えた澪は、自室の机へ向かった。

 ノートを開き、朝から気になっていた数学の問題へ目を落とす。

「……ここかな」

 シャープペンシルを走らせる。

 一行書いては止まり、少し考える。

 消しゴムで消して、もう一度書き直す。

 静かな時間だった。

 階下からは食器を洗う音が聞こえてくる。

 テレビの音が微かに響き、母が鼻歌を口ずさんでいる。

 いつもの夜だった。

「……あ」

 ふと、式が綺麗につながる。

 思わず口元が緩んだ。

「やっぱり、そうだったんだ」

 ノートへ最後の一行を書き加え、小さく頷く。

 窓の外では、夏の夜風が木々を揺らしていた。

 虫の声が、静かな住宅街に響いている。

 澪は満足そうにシャープペンシルを置き、大きく伸びをした。

「今日はここまでにしようかな」

 そう呟くと、ノートを閉じる。

 何一つ変わらない、穏やかな夜だった。

 午後八時三十分

 樹は勢いよく立ち上がる。

「……駄目だ」

 胸の奥で鳴り続ける警鐘は、もう無視できる大きさではなかった。

 理由は分からない。

 それでも、このまま部屋にいてはいけない。

 そんな確信だけがあった。

 スマートフォンを掴み、誠へ電話をかける。

『おう、どうした?』

「誠!」

 自分でも驚くほど大きな声だった。

「車、出せ!」

『……は?』

「理由は分からない! でも今すぐだ!」

 一瞬の沈黙。

 電話の向こうで誠が息を吐く。

『……分かった。十分待て』

 通話が切れる。

 樹は財布とスマートフォンだけを掴み、玄関へ向かった。



 同刻――

 御影は静かに目を開いた。

 机の上には、開いたままのノートパソコン。

 何度見返しても、異常は見つからない。

 だが。

「……駄目だ」

 椅子から立ち上がる。

 説明はできない。

 根拠もない。

 それでも、この違和感だけは無視してはいけない。

 車のキーを掴み、足早に資料室を出る。

「間に合え……!」



 十分もしないうちに、一台の白いセダンがアパートの前へ滑り込んだ。

 助手席の窓が開く。

「乗れ!」

 誠はハンドルを握ったまま口を開く。

「で、どこに行くんだ?」

「次の信号、右」

「……右?」

「その先の交差点を左」

 誠は怪訝そうな顔をしながらも、指示どおりに車を走らせる。

「どこに向かってるんだよ??」

「……白石さんの家」

「…は?」

「急げ」

 誠は視線を正面から外さずに樹に返す。

「お前、行ったことあんのか?」

「……いや」

「いやって何だよ」

「知らない」

「いや、だから何で――」

「いいから急げ!」

 誠は樹をちらりと見る。

 冗談を言っている顔ではない。

 真剣そのものだった。

「一方通行か!」

 誠が舌打ちしながらハンドルを切る。

「分かってる。その先を右に入って」

「……お前、本当に初めて行く場所なんだよな?」

「ああ」

 即答だった。

「でも、間違ってない」

 胸の奥の警鐘が、道を示している。

「急いでくれ」

「ああ、任せろ!」



 二十時五十八分

『総員、配置完了』

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