あの女の子は来ました。
水曜日 – 朝
午前7時30分
涼は母が作った卵焼きのご飯を急いで食べ終えた。口をもぐもぐさせながら、目は一晩中寝返りを打ったせいで少しクマができている。頭の中はめちゃくちゃな考えでぐるぐる回っていた。
なんだよこれ? 俺に父さんと弟なんていないのに?
俺、記憶喪失になったわけじゃないよな?
頭がちょっと痛い…
彼は食べながら首を振り、なんとかすべてを追い払おうとした。
「早く食べなさい、遅刻するよ!」 – 台所から母の声がした。
「はいはい!」
涼はご飯を全部平らげ、緑茶を一口飲んで、ランドセルを背負って玄関を飛び出した。振り返って見ると – 信司さんがリビングで新聞を読んでいて、春樹が玄関で靴を履いている。
やっぱり知らない人だ。
彼は背を向けて、走り出した。
午前8時10分 – 校門前
涼は校門をくぐりながら、頭はぼんやりとしていて、目は無意識に地面を見つめていた。周りを気にする余裕もなく、ただ昨日の出来事、あの夢、歪んだ教室の床、あの見知らぬ家族のことを考え続けていた。
いったい自分に何が起きているんだ?
彼は階段を上がり、見慣れた廊下を歩き、3年4組の教室の前まで来た。
ドアを開けた。
そして入っていった。
午前8時11分 – 教室の中
涼が教室のドアをくぐった瞬間 – クラスメイト全員が彼の方を見た。
普通の見方ではなかった。
呆然としていた。口をぽかんと開けて。中にはペンを持っていた奴がペンを机に落とすほどだった。
涼は立ち止まり、顔が少し赤くなった。
なんだよ? 顔に何かついてるのか?
彼は手で頬を触り、気まずそうに周りを見回した。何もついていなかった。
「お、おはよう…」 – 涼はどもりながら言った。
クラスは数秒間まだ彼を見つめていたが、やがてひそひそと話し始めた。
涼は何が何だかわからず、うつむいて急いで自分の席に向かった – 窓際の一番後ろの席、担任が特別に彼のために配置した席。なぜなら…学力に問題があるからだ。
彼が腰かけると、後ろの席の鈴木が顔を出して、驚いた声で言った:
「おい涼、どうしたんだよ?」
「え?」 – 涼が振り返った。
「なんで今日、お前早く来たんだよ?」
涼はぽかんとした。
「…早い?」
「そうだよ、いつもお前はチャイムが鳴る時に教室に入ってくるじゃんか、遅刻10分の日もあるし。今日は10分も早いぞ! 世界滅亡か?」
涼はぱちぱちと瞬きをした。
自分はいつも遅刻してる?
彼は壁の時計を見上げた:午前8時11分。確かに授業開始までまだ9分ある。
変だな。元の世界 – いや、自分が覚えているあの世界では – いつも時間通りか少し早く着いてたのに。
涼はじっと座り、目を見開いた。
そして – 彼の頭の中で、すべての情報がつながり始めた。
情報1: 昨日の朝、涙を流して目覚めた。一人の少女の夢を見た。顔は忘れた。
情報2: 昨日の授業中、ペンを拾おうと身をかがめたとき – 床と世界が歪んだ。どこかに吸い込まれるような感覚。
情報3: 昨晩帰宅すると – 突然「父」と呼ばれる男性と「弟」と呼ばれる子供が現れた。母はそれを当然のことと思っている。でも自分には – 彼らの記憶が一切ない。
情報4: 今日、クラスメイトが自分はいつも遅刻すると言った – でも自分は一度も遅刻したことがないと覚えている。
涼は黙って座り、机の天面をじっと見つめた。
自分は記憶喪失じゃない。
記憶喪失なら何も覚えていないはずだ。でも自分は全部覚えている – ただ、覚えていることがこの世界と合わないだけだ。
まさか…
彼は顔を上げて教室を見回した。クラスメイトの顔。机や椅子。黒板。窓。どれも見慣れているが、何かが…ずれている。一音だけ違う楽曲のように、その一音が旋律全体を完全に変えてしまう。
ここは自分が生きてきた世界じゃない。
ここは…別の世界だ。
彼は今まで読んだアニメやライトノベルのことを思い出した。宇宙旅行、異世界転生、パラレルワールドへの移動の話。
そういう話を何十冊も読んできた。
まさか…自分に起こるなんて。
涼は長く息を吐いた。胸はまだ少し重い – 夢の中の少女のせいで、あの消失のせいで – しかし彼の心のどこかが…落ち着いてきた。
もしここが別の世界なら…この世界に他に何が違うのか、探さなければ。
彼は椅子にもたれて、窓の外を見た。
授業開始のチャイムが鳴った。
午前8時30分 – 一時間目、国語
担任の山本先生 – いつもグレーのスーツを着た中年男性 – が教室に入ってきた。しかし今日は、彼の後ろにもう一人人がいた。
「静かに」 – 山本先生が机を叩いた – 「今日、このクラスに転校生が来ました。」
涼は机に突っ伏して、目をうつろにしていた。まだちょっと疲れていた。彼は顔を上げる気にもならなかった – 転校生なんて自分に関係あるのか? 自分は一番後ろの隅っこに座っていて、誰も気にしない。
だが…
「入っておいで。」
畳の上を歩くスリッパの軽い音。
クラス全体が突然しんと静まり返った。
涼は変な空気を感じて、顔を上げた。
そして彼は固まった。
教壇の上、山本先生の隣に、一人の少女が立っていた。
腰まで届く長い黒髪。透き通るような白い肌。新しい制服を着た細身の姿。彼女はそこに立っていて、顔は冷たく、目は黒板の方を見つめて、誰も見ていなかった。
しかしその目は…
茶色だった。
深みのある茶色、温かみのある色、まるで…
涼は胸が締め付けられるのを感じた。
どこかで…この目を見たことがある。
彼は必死に思い出そうとした。記憶を掘り返そうとした。
そうだ…夢の中で。
しかしすぐに首を振った。
夢の中の少女は金髪だった。この子は黒髪だ。きっと違う。
彼は自分に言い聞かせたが、目はまだその転校生から離せなかった。
山本先生が言った:「自己紹介をしなさい。」
少女は少しお辞儀をして、冷たい声で言った:
「青木陽菜です。県外から転校してきました。よろしくお願いします。」
それだけだった。
笑わない。誰も見ない。その言葉さえも無愛想なほど短かった。
クラスがざわついた。前列の男子たちは可愛い転校生に目を輝かせていたが、その冷たい態度に少し引いていた。
「うーん…」 – 山本先生が教室を見渡した – 「席を探してお座り。」
陽菜は視線を走らせた。
クラスには一つだけ空いている席があった。
一番後ろの、窓際の席。
涼の席だ。
なぜなら – 彼が知っているように – この世界では、涼はクラスで一番の劣等生だった。担任は彼のために特別に離れた席を用意していた。「授業中に他の生徒の邪魔をしないように」という理由で。つまり:劣等生の隔離だ。
涼は以前は少し傷ついていたが、今は気にしなかった。彼が気にしているのは…
陽菜が教壇を降り、各列を通り過ぎていった。
男子たちは好奇心と羨望のまなざしで彼女を見送った。
少女は誰も見向きもしなかった。
涼の机のところまで来た。
止まった。
陽菜は涼の机の隣にランドセルを置き、椅子を引いて座った。
涼は隣に座っていて、彼女の黒髪からシャンプーのほのかな香りが漂ってくるのを感じた。優しい、少し甘い香り。
彼は何か言おうと思った – 「こんにちは」とか「よろしく」とか – だって彼女は転校生だし、それに本当に可愛いから。
しかし陽菜は彼を見ようともしなかった。
彼女は教科書を出して机に置き、目は黒板を見つめたまま。その表情は氷の塊のように無感情だった。
涼はごくりと唾を飲み込み、何も言わないことに決めた。
冷たいなあ。
午前9時00分 – 物理の時間
田中先生が授業を始めた。
涼は陽菜の隣に座っていたが、もう彼女をあまり気にしなくなっていた。頭はだいぶすっきりしていた。
もしここが別の世界なら…自分に何か特別なものがあるのか証明してみよう。
田中先生がかなり難しい問題を黒板に書いた。クラスは静まり返り、手を挙げる者はいなかった。
「この問題は少し発展的な内容です。誰かやってみたい人はいませんか?」
涼は黒板を見た。
これ…簡単じゃん。
元の世界では、涼は優等生だった。全科目が得意で、特に数学と物理が得意だった。こんな問題は彼にとって…朝飯前だ。
彼は手を挙げた。
クラス全員が彼を見た。
何人かはくすくす笑った。
「涼くん…?」 – 田中先生が驚いて目を見開いた – 「君か?」
「はい。」
「うーん…よし、やってみなさい。」
涼は立ち上がり、教壇に行き、チョークを取った。
彼は書いた。
速く。簡潔に。公式、計算、推論 – たったの二分間ですべてを書き終えた。
クラスは静まり返った。
田中先生が黒板の解答を見て、目を見開いた:
「君…全部合ってるぞ?」
涼はうなずいた。「はい、先生。」
田中先生は頭をかきながら、まだ呆然としていた。「うーん…席に戻りなさい。」
涼が席に戻るとき、初めて陽菜が – ほんの少しだけ首を傾げて彼を見た。とても速かった。すぐに彼女は顔をそらした。
午前10時30分 – 数学の15分テスト
物理の時間が終わるとすぐに、数学の先生が教室に入り、抜き打ちテストをした。
クラスはうめいた。涼は平然と問題を受け取った。
彼はざっと目を通した。
簡単だ。
彼は書き始めた。ペンが紙の上を走り、一つ一つ、明確かつ正確に。
ちょうど十分後、彼は早々と解答用紙を提出した。
数学の先生 – 頑固そうな年配の女性教師 – は眉をひそめて彼を見た:
「そんなに速いの? 見直しはしなくていいの?」
「はい、大丈夫です。」
先生は涼の解答用紙を取り、その場で採点した。
彼女の目が見開かれた。
「ほぼ満点…途中式を一つ書き忘れただけで、95点。」
クラス中がどよめいた。
「涼が95点?」
「あいつ、本当に涼か?」
「昨日だって問題解けなかったのに?」
涼は全部聞こえていたが、何も言わなかった。彼は心の中でほんの少し微笑んだだけだ。
どっちの世界でも同じだ。知識は自分のものだ。
しかしそのとき – 数学の先生が突然冷たい声を発した:
「涼くん、廊下に出て立ちなさい。後で職員室に来なさい。」
「え? なんでですか?」 – 涼はぽかんとした。
「あなたがカンニングをしたと疑っています。普通の生徒がこのテストを解けるはずがない。ましてやあなたはクラスで一番の劣等生なのだから。」
涼は固まった。
クラスで一番の劣等生? この世界の…こっちの世界の自分はバカなのか?
涼は頭の中で苦笑いが聞こえた。彼は口を開けて言い訳しようとしたが、やめた。
「はい…わかりました。」
彼は立ち上がり、廊下に出て立った。
そこに立って、静かな校庭を見下ろしながら、涼はなぜか不思議なくらい気持ちが楽になっているのを感じた。
もう怖くない。
ここは別の世界だ。すべてが違う。でも自分は自分だ。
そして…この世界は面白くなってきたぞ。
彼は手すりにもたれて、青白い東京の空を細目で見つめた。
そよ風が吹き、遅い桜の花びらを数枚運んできた。
「この世界で…」 – 涼はささやいた – 「自分は何ができるんだろう?」
教室のドアの向こう側、一番後ろの隅の席で、陽菜はじっと座っていた。
しかし今回は – 彼女の茶色い目が静かに廊下の方へ向いていた。
涼の方を見ていた。




