休暇
香西はにこにこして食卓から席を外した内村に、意味が分からないといわんばかりの顔を向けて声を掛けた。
「は?」
「だから、水着とタオル持って来といて」
「なんで?」
香西がこう言うのも仕方がない。何しろ今日は二人でモデルルームを見学に行く日なのだから。
内村は食後のコーヒーを飲むために冷蔵庫に向かった。グラスにアイスコーヒーを注ぎながら香西の方を向く。
「なんで?」
「モデルルーム見に行くのに何で水着がいるの」
「そんな分かりきった事今更聞くの?」
香西の眉間にますます皺が寄った。モデルルーム→水着→暗黙の了解→何故。こんなことが無限ループのように香西の頭の中を駆け巡る。
そんな香西の様子を眺め、内村はふっと笑ってグラスをカウンターに置いた。
「どこにそんな考える要素があるわけ?」
「だって今日モデルルーム見に行くんでしょ?」
「問題、水着はどこ出来るものでしょう」
「海かプール」
「わかってんじゃん」
香西は食器を重ねながらさらに考え込んだ。その様子を見て内村が爆笑する。
「なんでそこで海に行くとかの発想にならないわけ?」
「はぁ?海?」
「海。綺麗なとこ見つけたからモデルルーム見に行った後行こうと思って」
納得したようなしてないような。そんな感じで香西は「はぁ」と答えた。
「この歳で水着って恥ずかしいんだけど」
「俺にケンカ売ってんの?」
爽やかだが腹黒い笑顔を向けて内村が言った。もちろん冗談で言ってるということは昔からの付き合いでわかるので、香西は頭に来ることはない。
「そうじゃない!もー、いじわる」
内村はグラスに注いだアイスコーヒーを飲み干して、キッチンにやって来た香西の腕をぐいっと引っ張って抱き寄せた。
「いじわるされるの好きなくせに」
内村がこの言葉に顔を真っ赤にした香西からグーパンチをくらったというのは言うまでもないことだ。
「ねぇってば」
香西は前を歩く内村に駆け寄って話し掛けた。
「ん?」
「見学終わるの早くない?」
「見学はいつでも来れるじゃん」
「海だっていつでも行けるじゃない」
ついさっき来たばっかりなのに、と香西は心の中でため息を吐く。これから始まる同棲生活を思い描きながらモデルルームを見ようとしていた矢先に、内村から「うん、良いんじゃない?」とだけ告げられた。そして内村はありがとうございました、と言ってモデルルームを後にした。
「ねぇ、待ってよ」
「ホラ、早く!」
内村は少年のような笑顔を作って手招きした。香西は内村の元へぱたぱたと走って行く。
…私はペットか。香西は心の中でそう突っ込みながら内村の横に並んだ。
「こんなに天気良いのにさ、じっとしてるのもったいないって」
太陽に負けないくらいの眩しい笑顔を香西に向ける。香西はしょうがないな、と言わんばかりに笑顔を作って軽く息を吐いた。
「そうね、せっかく二人揃った休暇だもんね」
「な?ホラ、行こう」
そう言って内村は車のドアを開けた。車からはすごい熱気が伝わってくる。
あまりの暑さに香西は羽織っていた白い上着を脱いだが、その下はキャミソールで、端から見れば下着に見えかねない。内村はハンドブレーキを下ろそうとしてぎょっとした。
「お前なんて格好…」
「だあって熱いんだもん」
そう言いながら最近伸びてきた髪の毛を高い位置で結った。香西の白い首筋にうっすらと汗が光っている。
この後水着姿見たりしたら俺どうなるんだろう、なんて事を考えて内村は苦笑いした。