ブレイクタイム
3時を過ぎた頃に出されたアイスコーヒーと手作りのドーナツ。某有名なドーナツを真似して作ったというそれは、市販で出回ってもおかしくないほど絶品だ。
内村はアイスコーヒーを一口飲み、グラスを置いて頬杖をついた。目の前の香西は、自分の作ったドーナツを美味しそうに頬張っている。
「悪かったね、エスコートしたことのない誰かさんで」
「別に悪いとは思ってないよ」
苦笑いをしている内村につられて、香西も苦笑する。
「谷原さんにはなんかそういうのが似合うなって思っただけ」
「俺には似合わないの?」
「……んー…だって、意地悪な印象しかないんだもん」
「意地悪?俺が?」
笑いながらわざとらしく聞いてくる内村に対し、香西はむぅ、と言って少し頬を膨らませる。
「なに?無自覚なの?」
「俺は意地悪なんてしてないよ」
「なんでよ」
「だって薫がいじめて下さいって懇願してるからいじめるのであって」
「そんなことしてない!」
そうやってすぐムキになるからいじめたくなってしまう。
内村はそう思いながら、笑って再度コーヒーに口をつけた。
香西はその様子を見て、困ったような、拗ねたような、それでいて楽しそうな、何とも言えない不思議な表情を浮かべた。
「ほーら、そういうとこ意地悪」
「薫さ、」
「ん?」
内村は手を自分の顎に当て、満面の笑みを浮かべる。
「そのキャラって素?」
さっきの谷原との出来事を話した中にもあった、あの日の内村の言葉。不覚にもどきっとしてしまった香西は、それを悟られないようにドーナツを一口サイズにちぎりながら内村から目線をそらした。
「そうですけど何か?」
ああ、なんて自分は可愛くないんだろう。そう後悔しながらちらっと内村を盗み見る。それに気づいた内村はふっと笑ってドーナツを口に入れた。
「いーえ。やっぱりお前を手懐けられるのは俺だけ」
なにそれ、と少し呆れたように香西が笑う。
なんだかんだ言いながら流れているのは穏やかな時間。今この時も、夫婦になってからも、ずっとこのままで…。
「そうだ」
内村が再度コーヒーを口にしながら閃いたように香西に話しかける。
「携帯をさ、買いに行こう」
「え?なんで?」
「だって俺らこれから夫婦になるのに携帯会社違うじゃん」
「あ、そっか…」
「よし、そうと決まれば行きますか」
「え?今から?」
立ち上がった内村を見て、香西は少し目を丸くする。
「え?じゃあいつ行くの?」
「え…と、休みの日?」
「まさに今日じゃん」
そう言って満面の笑みで差し出されたのは内村の大きくて武骨な手。あの日の回想からも、今までの話の流れからも、することはないだろうと思っていた行為が、今香西の目の前で起こった。
大きな目をさらに大きく見開いて、香西は内村へと目を向ける。視線が絡み合った瞬間、内村の瞳が愛しそうに細められる。
「ホラ、エスコートしてほしいんだろ?…行こう」
香西は頬を赤く染めながら、最愛の人にしか向けないとびきりの笑顔を浮かべてその手を取る。
「…うん!」