嫉妬
香西はテーブルにお茶を置いて、じっと内村を見つめた。
今日は何かと過去のネタが多いが、初めて内村の口から女性絡みの話題が出て来た。相手が既婚者だったのもあって、特に二人の間に何かあったわけではない。それでも香西はあまりいい気がしなかった。
「まあこんなこともあったんだよ。あれから香織の家に遊びに行ったり、一緒に飲みに行ったりするようになって、ずいぶん仲良くなったんだ」
「へぇ…その香織さん?の旦那さんには会ったことあるの?」
「最初は出張先で会ったことのある顔見知り程度だったけどね、今はよく飲みに行ったりする」
「ふぅん」
何気なく振る舞っているつもりだが、なんとなく機嫌が悪いのが滲み出てしまう。
「なに?やきもち?」
「悪い?どうせ香織さんに鼻の下でものばしてたんでしょ」
「まぁ少しはね」
素直な内村の言葉に香西はむぅ、と言って拗ねた。その様子を見た内村はふっと笑う。
「しょうがないじゃん。綺麗だったんだよ、彼女」
そう言いながら、内村はテーブル横のカウンターのそばに立つ香西の頬に手を伸ばした。温かくて柔らかい肌に触れて、内村は目を細めた。
「…なんてったって、お前に瓜二つだったんだから」
そして、壊れ物を扱うかのようにそっと頬を撫でる。香西は自分の顔が熱くなっていくのがわかった。
「…なんか、何かにつけてお前を思い出す5年間だったよ」
「あ、りがと…」
顔を真っ赤にした香西は、少し俯きながら頬にあてられた大きな手に自分の手を添えた。
アツアツの状態からようやく昼食に移り、片付けを済ませて二人でバルコニーへと出る。爽やかな秋晴れと風が、なんとも心地良い。
「そういえばさ、この5年間薫にどんなことあったのか俺まだ聞いてねーや」
「そう…ね。まあ話すほど大した事ないんだけど」
「でもホラ、交響の後輩に聞いたよ?あの後ちゃんとフランスに留学に行ったんだって?」
「まぁ…そういや『内村先生に薫さんのこと色々聞かれました』的なこと言われた気がする…」
「だって気になってたんだもん、ずーっと」
「留学の話は今度してあける。すっごい長くなるからね。それより新一さんが気になる話、しようか?」
「なになに?」
香西は風になびいた髪を掻き上げ、哀しげにふっと笑った。
「そうね…谷原さんの話、とか」
内村は目をぱちぱちさせた後、あぁ、と言って笑った。
「アイツ生きていけるのかね?まだ彼女出来てないみたいだし」
「それは別に関係ないんじゃない?」
「だってアイツさ、野菜全く食べれないじゃん」
「確かに…栄養失調で倒れそう…」
苦笑いをしている香西を横目で見て、内村は香西の頭をくしゃっとする。
「で?谷原ちゃんの話して俺を妬かせたいわけ?」
「まあね。いっつも私ばっかりなんだもん」
ばーか、と言って内村は香西の髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
「俺の方が妬いてばっかりだし。大変なんだぞ?」
「なんでよ」
「お前に関わってる男みんなに対して妬いてんの。お前の周りはなんでか若くてかっこいい奴ばっかりだし。束縛は嫌いだからしないけどさ、毎日やきもきしてんだぞ」
「もう…」
隣に立つ内村の肩に頭を傾け、香西はそっと目を閉じた。
『妬いてるよ。ダメ?
束縛は嫌いだから普段はしないタイプなのに、どうしても束縛してしまいたくなる』
瞼の裏に焼き付けられた、子犬のような瞳を向ける男性。あれは、確か内村と復縁するちょっと前の話だった。
「…谷原さん、か…」
独り言のように香西はぽつりと呟いた。