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追憶

あれも確か雪降る寒い日だった。



内村が香西と別れてから三回目の冬。友人の紹介やお見合いなどもあって、たくさんの女性と知り合ってきた内村だったが、いざ交際へ踏み込もうとしても香西のことがずっと忘れられず、結局彼女ナシの状態が続いていた。


いっそのことこのまま独身を貫こうか。そんな考えが内村の頭を過ったほどだ。



市外出張に来ていた内村は、スーツのジャケットを羽織って車から出た。吐く息が白く、ちらつく程度だった雪も本格的に降ってきた。

内村はジャケットの上から羽織ったコートのポケットに手を入れ、曇天を仰いで一息吐いた。


冬が来る度に思い出すのは香西のことばかり。ならば何故別れるようなことをしたのか。今からでも連絡すればいいだけだとわかっているのに。そんな考えがいつも頭をぐるぐるする。



再び諦めたように息を吐き、内村は会場へと向かう。入り口にはすでに数名の人が集まっていた。




今日は県内の自動車学校の指導員が集まって、学会のようなものが開かれる。内村は古野ドライビングの代表としてやってきた。


中堅職員と認められているのが嬉しいと思いながらも、やっぱりなんだか気分が乗らない。ふらふらとエントランスを抜けて会場へ入っていった。




荷物を隣の席に置いて一息吐く。なんだか最近溜め息吐いてばかりだと内村はつくづく思う。


ふと隣を見ると、パンツスーツの長身女性が内村に背を向けて立っている。女性の指導員は珍しくはないが、立ち姿…スタイルとか、背格好とかが何となく香西に見えてしょうがない。


それを考えると何だかいかがわしい目で見ているような気がしてならなかったが、それでも内村はその女性から目が離せない。



上品さを感じるダークブラウンの髪。ミディアムで内巻きのそれは、その女性が頭を動かすたびにさらさらと揺れる。

背筋はすっと伸びて、どこかバリバリのキャリアウーマンを連想させる雰囲気がある。



女性は何となく内村の視線に気付いたのか、そっと内村の方を振り返った。そして、その顔つきに内村は絶句した。


香西薫、それ以外の何者ではない。


「…か…お、る…?」


最後の方はまわりの雑音に消えてしまいそうなほど、弱くて震えた声。女性はその声を聞き、内村をじっと見つめて大きな目をぱちぱちさせた。


「どちらかでお会いしたことありますか…?」


その言葉に内村の胸がずきんと痛む。ずっとずって思い続けたのに、結果これ。髪をかきあげる女性の左手には、薬指に指輪がはめられていた。

明らかに様子がおかしい内村に向かって、女性は心配そうに尋ねた。


「あの…大丈夫ですか?」


「あ、あぁ…」


女性は相変わらず心配そうに内村を見つめたが、体勢を元に戻すと、柔らかい物腰で話し始めた。


「私、荒巻自動車学校の佐竹と申します」


名字が違う。つまり、既婚者。

自分と同じ職業を選んだ彼女に対して少し期待を持った気持ちを抱いたが、それはあっけなく崩れ去った。


俺はずっとあいつを想ってたのに…そうか、結婚したんだ…。




「あの、お名前を教えていただけますか?」


女性の言葉にはっとする。名前も忘れ去られたのか、と内村は自嘲気味に笑う。


「内村新一です。古野ドライビングの」


「古野って成績優秀な卒業生多いですよね」


「自分こそ、うちの卒業生じゃん」


「え?…っと…私は荒巻の卒業生ですが…」


内村は思わず眉間にしわを寄せた。会話が噛み合ってない。

女性は困ったように一度うーん、と唸り、もう一度内村を見つめ直した。


「私、佐竹香織と申します。どなたか知人の方と間違ってらっしゃいます…か…?」



何ということだ。

他人ではあったが、姿形だけでなく名前まで似ている。こんなことがあるものなんだ。


内村は切れ長の目をびっくりして大きくさせた。と同時に、とんでもない間違いをした恥ずかしさが込み上げてくる。


「す、みません…!知人にあまりにそっくりだったもので…!」


「そうだったんですね」


佐竹はふふ、と微笑んだ。その様子も香西と瓜二つ。


「内村さんはおいくつなんですか?」


「今月で32になります」


「早生まれなんですね…じゃあ私と同い年だ」


佐竹が嬉しそうに微笑む。同い年には見えないのは、きっと童顔なせいだろう。香西も雰囲気こそは大人っぽかったが、顔をまじまじと見てみると童顔だった、ということがある。


「佐竹さんはご結婚されてるんですか?」


「ええ、もう7年目です」


「ご主人は何を?」


「荒巻の教員ですよ」


佐竹が悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


「えぇ?」


「私の10コ上なので、今42です。」


「…そっか…」


何もかもが酷似している。ということは、と内村はふと考えた。


「もしかして、ご主人とは学生時代に知り合ったんですか?」


佐竹は目を大きくして口元に手を置いた。


「すごい!よくわかりましたね!」


「…ご主人の教習を指名してたとか」


「そうそう、懐かしいなぁ…出会ったのが大学1年の冬だったので、もう10年以上も前の話になりますが」


苦笑いして佐竹が答えた。ここまでも似てくると、何だか妙な親近感がわいてくる。


「いや、実は俺も似たような…ってか同じ状況で」


「へぇ、そうなんですか?」


「しかも貴女にそっくりなんですよ」


「それで間違われたんですね」


佐竹は相づちを打ちながら笑顔を向けた。


「残念ながら俺たちは別れちゃったんですけど」


「そうでしたか…失礼ですけどどうしてまた?」


「何ていうんですかね…将来に不安を抱えたというか、親の反対とかもひどかったし」


「それはうちも一緒でしたよ」


佐竹は懐かしむように目を細めた。


「最初は若い男のほうがいいんじゃないかって主人から思われたり、双方の家の反対もありましたけど…粘り強く説得しましたよ」


内村は黙ったまま佐竹の言葉に耳を傾けた。


「で、結局7年っていう長い交際期間を経たから、まわりも納得してくれて」


「俺もそうすればよかったかな」


思わず内村は苦笑いした。そんな内村の様子を佐竹はじっと見つめる。


「まだ引きずったりしてます?」


「まぁ…結構」


「それなら早く連絡取ったほうがいいんじゃないですか?別の人に取られちゃうかもですよ?」


「…ですね。連絡してみます」






そして、結局香西のメールアドレスが変更されていて、エラーメッセージが返ってきたというオチ。


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