帰路
内村はハンドルを切りながら左肘で香西をつついた。
「ったく、何相談してんだよ」
「だって…気になることではあるし…」
「何?そーんなに可愛がって欲しいの?」
「そういうわけじゃ…!」
香西は顔を真っ赤にして言った。内村は不敵な笑みを浮かべている。
「そんな反応されたら可愛がる以外他の手はないけどね」
「うるさい」
拗ねたように香西がつぶやき、暑くなった顔をぱたぱたと扇ぐ。
さっきまで坂井家にいた二人。
池田の息子が寝た後、香西は主に子育てについて訊いた。仕事と両立できるのか、何が大変か、お金はどれくらいかかるのか、など。
内村は本当に子供が欲しいんだなぁと思いつつ耳を傾け、香西の方をさりげなく見つめながらコーヒーを口にした。
「まあこんな感じかな。他訊きたいことある?」
池田の言葉に香西はうーん、と言った後、コーヒーカップを両手で包んでぱっと池田の方を見た。
「あの、妊娠中って…どうされてたんですか?」
「ん?何を?」
笑顔を見せた池田に対し、香西は次の瞬間とんでもない一言を投げ掛けた。
「えっと、夫婦生活と言いますか…」
その言葉に、コーヒーを飲んでいた内村はぐっと咳き込んだ。危うく吹き出しそうになったが、ここは後輩の家だ。そんなことはしない。
「おま…!」
内村はげほげほ言いながら香西に向かって言った。池田は苦笑いをしている。
「内村さんがいるから回答しにくいなぁ」
香西は意外と真面目な顔をしてくるっと振り向き、内村の肩に手を添えた。
「帰る準備してて。話終わったら車に行くから」
「あっはは!じゃあ内村さん、しばらくガールズトークさせてくださいね」
結局香西が車へやって来たのはその30分後だった。
「んで?池田ちゃん何て?」
「あ、新一さんによろしくって」
「そっちじゃなくて」
内村は笑いながら窓の外を見る。
「さっきの答え」
「何の?」
「妊娠してるときにどれくらいやってたか訊いてたじゃん」
「そ、そんな言い方しなくても…!」
「でも訊いたのはそんな事でしょ?」
「う…秘密」
香西は少し顔を赤くして俯いた。そんな香西を内村はいじめたくていじめたくて仕方がない。好きな娘ほど意地悪したくなるというやつだ。
「なーんで」
「結衣さんのプライベートに関わることだから」
「プライバシー」
「そ、そうとも言う…」
こういう言い間違いを香西はちょくちょくする。聞き間違いはもっとひどいが、香西の母はそこが香西の良いところだと言うし、内村もそれをネタにいじり倒したりする。
「あほだろ」
「ちっ、違うもん!」
「馬鹿?」
「違う!」
赤信号で停車したとき、内村はそっぽを向いた香西の腕をぐいっと引っ張り、素早くその手を顎に添えて自分の方を向かせた。
「お馬鹿な薫ちゃんのために手取り足取り教えてあげようね」
艶っぽい内村の笑顔に、香西は自分の顔がかあっと赤くなるのがわかる。
「な、何をよ…!」
「いろいろ」
ふっと笑って香西の腕を離し、内村はアクセルを踏んだ。
「とりあえず池田ちゃんの答えは教えてくれないんだよな?」
「…うん」
「じゃあうちは妊娠しても毎日やりますか?」
「な…に、を?」
内村はとびっきりの黒っぽい笑みを浮かべて香西に告げた。
「え?ふーふせーかつと言いますか」
内村の言葉に顔を爆発せんばかりに赤くした香西は、今から自分の身に起こるであろう事を考え、恥ずかしそうに俯いた。