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池田結衣

嵐が去ったように静かになったリビングをぐるりと見渡してため息を吐く。


「まーったく…困った夫婦だこと」


言った台詞とは違って楽しそうにつぶやき、その顔には笑顔が浮かんでいる。






坂井結衣、33歳。旧姓は池田。現在は専業主婦をしている。一昔前は古野ドライビングスクールで指導員として勤めていた。


可愛い、というよりも綺麗な分類に入る池田は、その見た目からは想像出来ないほど男っぽい性格であり、時に内村から「おいおっさん」と声を掛けられる。若い女性教員には珍しく普通車・二輪車の指導を行っていた。



池田の夫は2歳年下で、地方銀行に勤めている。大学時代の後輩で、3年の交際の末結婚した。学生の頃はただの可愛い後輩ってだけだったのにな、と池田はふと思うことがある。今では子供も出来、大事な家族を守るべく一家の大黒柱として働いている彼を頼もしく思っている。




池田はテーブルのコーヒーカップを片付け始めた。一滴も残ってないコーヒーカップを見つめ、苦笑いをした。


「…もう10年近く経つんだ…」




実は。


池田は内村に片思いをしていた時期があった。それも、一年近く。

一つ上の先輩で、かっこよくて、面白くて、いじわるで、でもすごく優しくて、そして仕事は人一倍真面目。入社して一年満たなかった池田を支えてくれた内村に惹かれるのに時間はかからなかった。



『ホラ、これやるから元気出しな?』


そういって内村が渡したのはミルクと砂糖がたくさん入ったコーヒーだった。仕事が思うようにいかない時、失敗した時、いつも内村はあたたかい笑顔でこのコーヒーを渡していた。


『疲れた時は甘いのが一番だよ』


そう言いながら自分の横に並んで座る憧れの人。いつもはブラックしか飲まないのに、この時は必ずと言って良いほど自分と同じ甘いコーヒーを飲んでいた。


そして、大きくて温かい手が頭に乗せられ、彼がくしゃっと撫でながらやわらかい笑顔を向けた。


『笑えって、ホラ。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?』





「…思わせぶり激しいんだから」


池田は笑顔を浮かべてテーブルを拭きあげた。今となっては良い思い出だ。



今でも疲れが溜まったときは、甘めのコーヒーを作る。そして、自身の夫にも作ってあげるのだ。疲れた時は甘いのが一番なのよ、と。





池田は食器を洗い終えた後、自分たち夫婦の愛の結晶のもとへ行く。寝息を立てて眠っている息子、隼人の頬をそっとつついた。


「…慶太、早く帰ってこないかな…」


最愛の夫の名前を愛しそうに呼びながら、隼人の横に寝そべった。その顔には幸せが溢れ出ている。


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