第2章 ① 宝探しゲーム(前編)
校舎のスピーカーから流れる無機質な声が、静まり返った廊下に冷たく響いていた。
『第1回ゲームを開始します』
白い壁に反響したその声は、人の感情をまったく感じさせない機械の音だった。
歓迎も、威圧も、怒りもない。
ただ決められた言葉を読み上げているだけの、空虚な音。
だからこそ――不気味だった。
まるでそこに“誰もいない”かのような声だった。
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誰も動けなかった。
ついさっきまで普通に生活していたはずの子供たちが、突然見知らぬ場所に集められ、意味の分からないゲームを始めろと言われている。
理解できるはずがない。
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廊下にはざわめきが広がっていく。
「なんだよこれ……」
「ドッキリじゃないのか?」
「帰してくれよ……」
声は小さい。
だが数が多い。
その不安と恐怖が混ざったざわめきは、じわじわと空気を重くしていった。
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ユウは黙って天井のスピーカーを見上げていた。
胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
だが――
(おかしい)
直感がそう告げていた。
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音。
空気。
空間。
すべてが微妙にズレている。
人がいるはずなのに、人の気配が薄い。
まるでこの場所だけ、現実から切り離されているような違和感。
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(これは……本当にゲームなのか?)
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その疑問を打ち消すように、再び放送が流れた。
『ルールを説明します』
ざわめきが止まる。
まるで校舎全体が、その言葉を待っていたかのように静まり返る。
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『この校舎のどこかに宝箱が隠されています』
『宝箱を見つけた者が勝者です』
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一瞬。
空気が緩んだ。
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宝探し。
単純なルール。
危険には思えない。
子供でも理解できる。
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だが。
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『ただし』
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その一言で、空気が凍りついた。
ユウの背筋に冷たいものが走る。
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『校舎内には複数の罠が設置されています』
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ざわめきが一気に膨れ上がる。
「は?」
カイトが小さく舌打ちする。
その顔から余裕が消えていた。
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放送は淡々と続く。
『罠に触れた場合、ペナルティが発生します』
『制限時間は60分』
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ユウは廊下を見渡した。
長く続く廊下。
閉ざされた教室の扉。
静まり返った校舎。
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(どこにでも仕掛けられる)
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床。
天井。
ドア。
窓。
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すべてが疑わしい。
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(……本気だ)
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これは冗談でも、イベントでもない。
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『それでは』
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一瞬の沈黙。
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校舎全体が、息を止めたような静けさに包まれる。
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そして。
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『ゲームスタート』
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同時に。
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ガコンッ
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校舎の奥から、重たい金属音が響いた。
どこかの扉が開いた音だった。
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その瞬間。
「行くぞ!!」
誰かが叫んだ。
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次の瞬間、子供たちが一斉に走り出す。
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廊下は一瞬で混乱に包まれた。
足音が爆発するように響く。
ドン、ドン、ドン。
ぶつかり合い、押し合い、叫びながら教室へと流れ込んでいく。
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パニックだった。
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カイトが振り向いた。
「ユウ!」
ユウは短くうなずいた。
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「無闇に動くな」
「罠がある」
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カイトは口の端を上げる。
「さすが冷静だな」
「じゃあどうする?」
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ユウは周囲を観察した。
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廊下。
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天井。
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床。
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壁。
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視線を細かく動かす。
わずかな違和感も見逃さないように。
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(罠があるなら、必ず痕跡がある)
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「まず罠の種類を探る」
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その時だった。
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隣の廊下から悲鳴が聞こえた。
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「うわああああ!!」
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ドンッ!!
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重たい衝撃音。
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空気が一瞬で変わる。
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カイトが顔をしかめた。
「今の……」
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ユウはすぐ走り出した。
胸の奥に嫌な予感が広がる。
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曲がり角を曲がる。
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その瞬間。
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視界に飛び込んできたのは――
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床に開いた大きな穴だった。
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落とし穴。
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コンクリートの床が崩れ、その下に深い闇が口を開けている。
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覗き込む。
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底。
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石の床。
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その上に。
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一人の少年が倒れていた。
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「痛ぇ……!」
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体を丸め、腕を押さえている。
呼吸が荒い。
顔が歪んでいる。
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落ちた衝撃が、そのまま伝わってくるようだった。
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カイトが低く呟く。
「……ガチじゃねえか」
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ユウは静かに言った。
「ただのゲームじゃない」
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胸の奥が重くなる。
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(もし頭から落ちていたら)
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想像したくなかった。




