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気がつけば魔王に転生していた。息子は勇者になるらしい。絶対に正体を隠し通す

作者: セッシー
掲載日:2026/03/05

 気がつけば、玉座に座っていた。


 爪が黒い。翼がある。角がある。


 鏡に映した姿は、完全に魔王だった。


 ——ああ。転生した。


 前世の記憶が、整理されていないまま頭の中に流れ込んでくる。夫と、息子と、狭いアパートの台所。毎朝学校に送り出す握手と、「いってきます」の声。それが全部、遠い話になった。


 魔王の体で、深呼吸した。肺が大きくなったせいか、一回で部屋の空気がかなり動いた。


 周囲には部下らしき魔物が十数体、頭を垂れて並んでいる。城の庭から、子どもの笑い声が聞こえていた。


---


 息子の名前は、カイだった。


 人間の女性との間に生まれた子どもらしい、と魔王の断片的な記憶から把握した。母親は既に世を去っており、カイは今、城で育てられている。


 三歳。金髪で、耳が少しだけとがっていて、魔力の気配はあるが使い方はまだ知らない。城の庭で、部下の魔物を相手に笑いながら走り回っていた。


 私が玉座から庭に降りたとき、カイは立ち止まって私を見上げた。


「おとうさん」


 その一言で、私の中の何かが確定した。


 前世でも、この声を聞いていた。


 毎朝「いってきます」と手を振って、保育園に走っていく背中。夜中に熱が出て「おかあさん、こわい」と泣いた夜。「おとうさん」じゃなくて「おかあさん」だったけれど——あの温度と、重さが、今ここにあった。


 この子を、守らなければならない。


---


 魔王としての生活は、思ったより忙しかった。


 国境の管理、魔物の統率、食料事情、他の魔族との外交。やることは山積みで、前世の記憶が役に立つかと思えば、ほとんど役に立たなかった。それでも、なんとかやった。


 理由はひとつだ。


 カイが毎日、「おとうさん、仕事終わった?」と聞きに来るからだ。


 五歳になったカイは言葉が増えた。七歳では文字を覚えた。十歳では剣術を習い始め、師匠に「飲み込みが早い」と言われた。十二歳では魔力の制御を覚え、「ぼく、ひとより強くなれるかな」と聞いてきた。


「なれる」と私は答えた。


「本当に?」


「本当に」


 カイは笑った。その笑い方が、前世の息子に似ていた。


 私は魔王の顔で、それを見ていた。


---


 カイが十歳のある夜、彼は私の執務室に来た。


「父上、眠れない」


 そういうことがたまにあった。私は書類を置いて、窓の外を見るカイの隣に立った。


「なんか考えてることがあるか」


「……父上は、怖いものある?」


 少し考えた。正直に答えた。


「ある」


「なに?」


「お前が怪我をすること」


 カイは少し間を置いてから、「じゃあぼくも同じだ」と言った。


「父上が死んじゃうのが、こわい。だからぼく、強くなる。父上を守れるくらい」


 私は返事ができなかった。魔王の顔のまま、口が動かなかった。


 カイはそのことに気づかずに、「おやすみ」と言って部屋を出て行った。


 執務室に一人残って、私はしばらく窓の外を見ていた。


 ——守る、か。


 前世では、守ってもらう側だった。こちらが守る側だと思っていた。いつの間にか、この子はそういうことを考えるようになっていた。


---


 問題が起きたのは、カイが十五歳になったころだった。


「父上」


 剣術と魔法の修行を終えた後、日が傾いた中庭で、カイは正式な呼び方をした。


「なんだ」


「俺、旅に出ようと思う」


 私は答えなかった。


「人間の世界を見てみたい。強くなりたい。それと——」


 カイが少し間を置いた。


「魔王を、倒しに行こうと思う」


 沈黙が落ちた。


 カイは私を見ていた。まっすぐに。


 私は魔王として、魔王の顔で——十五年間育てた息子を見ていた。


「……何故、魔王を倒したいのだ」


「人間の村が苦しんでいると聞いた。魔王軍のせいで作物が荒らされて、逃げ出した人が多い。子どもたちが食えなくなっているとも、聞いた。

 私は——それを知っていながら、長い間、放置していた。勢力の均衡を保つための、冷たい判断だった。カイはそれを知らない。俺は魔界と人間の間で生まれた。どちらが正しいとか分からないけど——苦しんでいる人を、なんとかしたい」


 私は目を閉じた。


 正しい子どもだ、と思った。


 私が育てた。でも、私が育てようとしたわけでもない。カイが自分でそう育った。


「……行け」


「父上?」


「お前が決めたことなら、止めない」


 カイは驚いた顔をした。それから、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、父上」


---


 カイが旅立った翌朝、執務室に書状が届いた。


 人間の王国からだった。


 封を開けて読んだ。


「——魔王討伐の勅令。若き勇者カイ・ヴォルフが選定され、魔王征伐の任を拝命した——」


 私は書状を机に置いた。


 つまり。


 息子が、私を倒しに来る。


 正式な勅令として。勇者として。


 私はしばらく書状を見つめた。それから、窓の外に目をやった。カイが旅立った方角に、雲が流れていた。


「……どうしろというんだ」


 誰にでもなく、呟いた。


 翼を持つ魔王が、机の前で頭を抱えた。


 正体を明かせば、全てが終わる。息子が勇者である意味も、私が魔王である意味も。明かせるか。明かせない。


 ならば。


 魔王は椅子から立ち上がり、窓の外を眺めた。


「——お前が来るまでに、先に全部なんとかするしかないか」


 言ってから、自分でも馬鹿げていると思った。


 魔王が、息子に討伐される前に魔界の問題を全部解決しようとしている。


 他に方法が思いつかなかった。


 息子に討たれるわけにはいかない。正体を明かすわけにもいかない。ならばせめて——カイが辿り着いたとき、この世界が少しでも良くなっていればいい。


 カイはあのとき言っていた。苦しんでいる人を、なんとかしたい、と。


 それが私にもできるなら、魔王でも、やるしかない。


 ——「ねえ、母さん。僕、強くなったら魔王を倒しに行く」


 前世の記憶が、頭をよぎった。


 息子はあのころから、変わっていない。


 魔王は、ペンを取った。

投稿日:2026年3月5日

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