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静かな湖畔の森のおくで、引きこもったヲタクの話  作者: 櫻木サヱ


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2/2

引きこもり生活、最適化完了

引きこもり生活には、段階がある。

 私はそれを、過去の経験からよく知っている。


 まずは「環境構築」。

 次に「生活リズムの崩壊」。

 そして最後に「ここが世界のすべてになる」。


 この別荘は、環境構築フェーズにおいて、かなり優秀だった。


 私は到着して三日目で、生活導線を完全に最適化した。

 ベッドの上から、パソコン。

 パソコンの横に、スマホ。

 スマホの先に、充電ケーブル。

 手を伸ばせば全部届く。


 冷蔵庫の中身は、ほぼ飲み物。

 固形物は、カップ麺とレトルト。

 療養中なんだから、栄養バランスとか気にしなくていい。たぶん。


 朝か夜かは、もう曖昧だった。

 カーテンを閉めっぱなしにしているせいもあるけど、湖畔は時間の感覚を狂わせる。

 昼でも薄暗いし、夜になっても、真っ暗になりきらない。


 私は配信アーカイブを流しながら、ソシャゲのログインボーナスを回収し、

 その合間にアニメを一話、

 気づいたら掲示板を巡回して、

 推しの名前で検索して、

 特に新情報がないことに安心していた。


 供給がない日は、平和だ。

 心が荒れない。


 会社にいた頃は、こんなふうに「自分の好きなものだけ」を摂取することが許されなかった。

 雑談。飲み会。ランチ。

 全部、強制イベント。


 「最近、何かハマってることある?」


 その質問が、一番苦手だった。

 正直に言えば引かれる。

 濁せば嘘になる。

 沈黙すれば、空気が凍る。


 推しの話をしなくていい世界は、優しい。


 湖は、相変わらずだった。

 毎日見ているのに、毎日「同じ」だと思えない。


 天気が変わっても、水面の色が変わらない。

 風が吹いても、波立たない。

 昼でも、夜でも、距離感が掴めない。


 まるで、画面の中の背景みたいだ。

 ループしてる。

 進行不能エリア。


 私は、窓を開けないことに決めていた。

 理由は特にない。

 ただ、開けると、音が増える気がした。


 森の音は、バグみたいだ。

 近いのに、遠い。

 鳴っているのに、どこからか分からない。


 夜になると、回線が不安定になることがあった。

 配信が止まる。

 音声が途切れる。

 一瞬だけ、無音になる。


 その一瞬が、異様に長く感じる。


「……やめてよ」


 誰に言ったのか、自分でも分からない。

 私は再読み込みを連打した。

 画面が戻ると、心臓も元に戻る。


 ネットが切れたら、私は一人になる。

 完全に。


 ある夜、トイレに起きたとき、

 別荘の中が、やけに広く感じた。


 廊下が長い。

 天井が高い。

 自分の足音が、遅れて返ってくる。


 誰もいないはずなのに、

 「いない」感じが、逆に強すぎる。


 湖のほうから、音がした。

 ぽちゃん、ではない。

 もっと、重たい。


 何かが、沈んだ音。


 私は、見に行かなかった。

 引きこもりには、見ない勇気が必要だ。


 ベッドに戻って、イヤホンをつける。

 推しの声を再生する。


 でも、その夜は、

 いつもなら安心するはずの声が、

 少しだけ、遠く感じた。


 別荘に来てから、夢を見るようになった。

 会社の夢だ。


 電話が鳴る。

 出られない。

 鳴り続ける。


 その音に混じって、

 水音がする。


 目が覚めると、湖は静かだった。

 何事もなかったみたいに。


 私はスマホを手に取って、時間を確認する。

 午前四時。


 ちょうどいい。

 配信が始まる時間だ。


 私はまた、画面に逃げ込む。

 静かな湖畔の森のおくで、

 世界を最小化して。


 この生活が、

 いつまで続くのか考えないようにしながら。

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