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ノロイ、ノロワレ  作者: 埴輪庭


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9/12

第九話

 ◆


 仕事の後スマホを確認すると、また新しいDMが届いていた。


 今度は一件だけだったが内容は特に重かった。


 Pさん。五十代の女性。


『息子がいじめで自殺しました。三年前のことです』


 自殺した。


 その言葉が目に飛び込んできて、呼吸が止まった。


『中学二年のときでした。遺書はありませんでした。でもいじめがあったことは後からわかりました。学校は認めませんでした。「いじめの証拠がない」と。加害者は特定できませんでした。誰も責任を取りませんでした』


 画面の文字を追う手が震えていた。


『三年経った今も息子のことを忘れられません。毎日、息子のことを考えます。なぜ気づけなかったのか。なぜ助けられなかったのか。自分を責め続けています』


 自分を責め続ける。


 私もそうだ。美月のことで自分を責め続けている。


『息子を殺した人間を呪いたい。誰かはわかりません。でも呪いたい。息子のために、何かしたい。藁にもすがりたい気持ちです』


 息子を殺した人間。


 美月が屋上から落ちていたら、私は人殺しになっていた。


 この人の息子を殺した人間と、私は同じ種類の人間だ。


『どうか、お願いします。呪いグッズを売ってください。息子のために、何かしたいんです』


 私は──


 何も返せなかった。


 何を返せばいいのかわからなかった。


 スマホを置いて、天井を見上げた。


 涙が出てきた。


 ◆


 水曜日、Pさんに返信を打った。


『メッセージ、読みました。息子さんのこと、本当にお辛いですね』


『読んでいただけたのですね。ありがとうございます』


『三年前のことでも傷は癒えませんよね』


『はい。毎日、息子のことを考えます。息子が死んだ日の朝、最後に言った言葉を覚えています。「行ってきます」。それが最後でした』


 読んでいて、胸が痛かった。


『息子を殺した人間を知りたい。でもわからない。学校は何も教えてくれない。警察も動かない。誰も教えてくれない』


 誰も教えてくれない。


 加害者は野放しのまま、普通に生きている。


 私もそのうちの一人だ。


『だから呪いでも。息子のために、何かしたい。それだけです』


 私は呪符を送ることにした。


 無料で。お金なんて受け取れなかった。


 ◆


 木曜日の夜、美月からLINEが来た。


『彩乃、大丈夫? 連絡くれないから心配してる』


『ごめん。ちょっと色々あって』


『週末、会おうよ。顔見たい』


『うん。会いたい』


『土曜日、空いてる?』


『空いてるよ』


『じゃあ、いつものカフェで。また二時くらいで』


『了解』


 美月に会えば、少しは気が楽になるかもしれない。


 でも同時に、会うのが怖かった。


 Pさんの話を聞いてから、高校時代の記憶がより鮮明に蘇るようになった。美月にしたこと。屋上に立つ美月。空洞のような目。


 あの空洞が、穴みたいな目が頭から消えてくれない。


 ◆


 金曜日、仕事を終えて帰宅した。


 Pさんに呪符を発送した事を伝える。


『ありがとうございます。お金を受け取ってもらえないのは心苦しいですが感謝しています』


『いえ、たいしたものではありませんから』


『息子のことを聞いてもらえて、嬉しかったです。誰も聞いてくれない。夫は息子のことを話すのを避ける。友人にも話せない。だからあなたに聞いてもらえて、救われました』


 救われた。


 私が誰かを救った? 


 違う。私は何もしていない。ただ話を聞いただけだ。呪符を送っただけだ。何の力もない紙切れを。


『息子を殺した人間を一生許しません。でもこの呪符があれば、少しだけ気持ちが楽になる気がします。何かをしているという実感があるだけで』


 何かをしているという実感。


 それがこの人を支えているのだろう。


 そうか、実感──


 何か実感を伴う事をすればいいんだ。


 でも何をすればいいのだろう。何をすれば、許されるのだろう。


 ◆


 土曜日、美月と会った。


 カフェで向かい合って座る。美月は私の顔を見て、また眉をひそめた。


「彩乃、顔色……前より悪くなってない?」


「……そう?」


「そうだよ。目の下のくま、ひどくなってる。ちゃんと寝てる?」


「あんまり」


 美月はため息をついた。


「呪いグッズの依頼、まだ受けてるの?」


「うん」


「何件くらい?」


「わからない。数えてない」


「数えてない、って……」


 美月は何か言いかけて、やめた。


 しばらく沈黙が続いた。カフェのBGMが流れている。クリスマスソングから、年末の曲に変わっていた。


「彩乃」


 美月が口を開いた。


「前にも言ったけど、私、彩乃が壊れるの見たくないよ」


「わかってる」


「わかってるのに、なんで止められないの?」


 その質問に、私は答えられなかった。


「加害者として、被害者の声を聞かなきゃいけないって、思ってるんでしょ?」


「……うん」


「それ、おかしいと思わない?」


「おかしい、のかな」


「おかしいよ。自分を壊してまでやることじゃない」


 美月の声には苛立ちと心配が混じっていた。


「彩乃は高校のこと、まだ気にしてるんでしょ? 私を傷つけたこと」


「うん」


「だから購入者の話を聞くと、自分の罪を思い出す。それで断れなくなる」


「……そう、かも」


 美月は私の手を取った。


「彩乃、聞いて。私は許してる。本当に、もう気にしてない。高校のことは過去のこと。今の彩乃は私の大切な友達なんだよ」


「でも──」


「でもじゃない。許してるの。私が。だから彩乃も自分を許していいんだよ」


 許していい。


 その言葉が胸に響いた。


「自分を責め続けて、壊れるまで購入者の話を聞き続けて、それで何が変わるの? 何も変わらないでしょ」


「変わらない、かもしれない」


「変わらないよ。ただ、彩乃が壊れるだけ。私はそれが嫌なの」


 美月は私の手を握りしめた。


「お願い。無理しないで。自分を大切にして。私のためにも」


 私のためにも。


 その言葉が涙を誘った。


「……ごめん」


「謝らないで。ただ、約束して。少し休むって」


「約束──」


「して。お願い」


 美月の目が真っすぐに私を見ていた。


「……わかった。約束する」


 そう言うしかなかった。


 ◆



 眠れない。もうずっとずっと眠れない。


 購入者たちの告白が頭の中でぐるぐると回っていた。


 みんな、苦しんでいる。みんな、加害者を許していない。


 美月は許してくれた。


 でもそれは例外なのだ。


 時計を見ると、午前三時を過ぎていた。


 窓の外は暗い。街灯の明かりだけがぼんやりと見える。


 私はどこまでいっても加害者だ。


 謝っても許されても償おうとしても。


 その事実は変わらない。


 美月が「壊れるの見たくない」と言っていた。


 でももう止められない気がしていた。


 購入者たちの声が私を少しずつ、少しずつ、壊していく。


 それでいいと私は思う。


 私は罪人だ。私の罪ごと、私なんて壊れてしまえばいい。

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