第十話
◆
年の瀬が近づいてきた。
街はクリスマスから年末モードに切り替わり、スーパーにはおせちの予約チラシが並び始めている。会社では忘年会の話題で持ちきりだ。私は参加を断った。そんな気分ではなかった。
ある夜、エルカリで過去に呪いグッズを購入した客からメッセージが届いた。
『ご報告です。あの上司、異動になりました。急な辞令だったみたいです。ありがとうございます』
購入者Aからだった。職場で孤立していると言っていた女性。
偶然だろう、と思った。
翌日、また別のメッセージが届いた。
『母が亡くなりました。持病が悪化して。これで楽になれます。ありがとうございました』
購入者Cからだった。介護に疲れ果てていた男性。
これも偶然だ。病気なら亡くなることもある。
だがメッセージは止まらなかった。
『あの教師、病気で入院したそうです。同窓会で聞きました。因果応報ですね』
購入者Eからだった。中学時代の担任に人生を壊された女性。
私の心臓が跳ねた。
『いじめの主犯格だった子、離婚したらしいです。旦那に浮気されたって』
購入者Hからだった。集団無視の被害者。
『裏アカを作ってた子の一人が、会社をクビになったそうです。パワハラで』
購入者Iからだった。SNSで晒された女性。
『娘をいじめていた子の家が火事になったそうです。怪我人は出なかったみたいですけど』
Kさんからだった。娘が自殺未遂をした母親。
私は震えていた。偶然だ。偶然に決まっている。呪いなんて存在しない。
でも──
◆
加害者たちに報いが来ている。
購入者たちは「呪いが効いた」と喜んでいる。
私は考えた。これは報いだ、と。
なら、私にも報いが来るのではないか。
私は美月をあれほど傷つけた。私に報いが来ないのはおかしいのではないか。
三年前の婚約破棄。あれは報いだったのではないか。私が美月にしたことの報いだったのではないか。
今の職場のパワハラも。木村に標的にされているのも。すべて報いなのではないか。
眠れない夜が続いた。食べられない。仕事でミスが増える。
同僚に「顔色悪いよ」と言われる。木村に「最近、使えなさに拍車がかかってるな」と嫌味を言われる。
頭の中で声がする。
──お前も加害者だ。
──お前にも報いが来る。
──いや、もう来ているのかもしれない。
◆
ある夜、また「成功報告」が届いた。
『夫が事故で亡くなりました。交通事故でした。即死だったそうです。これで自由になれます。本当に、ありがとうございました』
DVを受けていた購入者Bからだった。
人が死んだ。私が売った呪いグッズを買った人の、呪いの対象が死んだ。
偶然だ。偶然のはずだ。DVをするような人間なら、いつか事故に遭ってもおかしくない。
でも──
私が人々の憎悪を媒介してしまったのだとしたら。私は間接的に人を傷つけているのではないか。
私は、また加害者になっているのではないか。
◆
土曜日、美月と会った。
カフェで向かい合う。私は明らかに憔悴していた。
「大丈夫? 顔色、前より悪くなってない?」
「……ちょっと疲れてて」
「無理しないで。何かあったら言ってね」
美月の優しさが私を追い詰める。こんなに優しい人を、私は傷つけた。
「ねえ、美月」
「うん?」
「私、高校のとき……本当にごめんね」
「え? 急にどうしたの」
「ううん、なんか……思い出しちゃって」
「もう気にしなくていいよ。何度も言ってるでしょ? 私、もう全然気にしてないから」
美月は笑う。
「彩乃がそうやって気にしてくれてるの、嬉しいけどね。でも本当にもう大丈夫だから」
私は泣きそうになった。
美月はこんなに優しい。私があんなにひどいことをしたのに。
私は許されていいのだろうか。
報いが欲しい──そんな風に思い始める。そうだ、報いがあれば……罰があたればいいのだ。そうなれば罪を償えるから。
◆
スマホを確認するたびに新しい「成功報告」が届いている。
『息子をいじめていた子の親が、交通事故に遭ったそうです。重傷だと聞きました』
Kさんからだった。
私は震えた。
呪いが効いている──そうとしか思えない。
購入者たちの呪いの対象が、次々と不幸に遭っている。
私は──
私にも報いが来るのではないか。
いや、来るべきだ。来なければおかしい。
私は美月をあれほど傷つけた。死に追いやりかけた。なのに、許されて、普通に生きている。
それはおかしい。不公平だ。
購入者たちの呪いの対象は報いを受けている。私だけが免除されるのはおかしい。
◆
「成功報告」は連日連夜とどいた。
『あの女、仕事をクビになったそうです。会社で問題を起こしたらしくて』
親友に裏切られた女性──購入者Lからだった。
『彼女を呪った甲斐がありました。ありがとうございます』
私は画面を見つめていた。
また一人、報いを受けた。
私の番はいつだろう。
いや、もう来ているのかもしれない。婚約破棄も、パワハラも、眠れない夜も、食べられない日々も。すべて報いなのかも。
でも、足りない気がした。結局、そんなものはちょっとした不運ということで済まされるではないか。これが報いか? いや、違う。
私がしたことは、こんなもので償えないだろう。
美月が屋上に立っていたとき、もし落ちていたら──私は人殺しになっていた。
人殺しの報いが、パワハラや不眠で済むはずがない。
◆
週末土曜日、いつもの様に美月と会った。ここ最近美月と会う頻度が増えている。会うたびに彼女は私を慰めてくれる。ただ、その優しさにふれるたびに私は自分の汚さを思い知るのだ。
カフェで向かい合う。美月は私の顔を見て、何かを言いかけた。でも、何も言わなかった。
飲み物を頼んだ。私はホットコーヒー。美月はカフェラテ。
しばらく沈黙が続いた。
「彩乃」
美月が口を開いた。
「話したいことがあるって言ったよね」
「うん」
「彩乃、最近、自分を責めすぎてるでしょ」
図星だった。
「呪いグッズの依頼を受けて、お客さんの話を聞いて、それで高校のことを思い出して、自分を責めてる」
「……うん」
「それ、やめてほしいの」
美月の声は穏やかだったが、どこか切実さがあった。
「私は許してる。何度も言ってる。今の彩乃は私の大切な友達。それは変わらない」
「でも──」
「聞いて」
美月は私の手を取った。
「彩乃が自分を責め続けて、壊れていくの、見たくないの」
その言葉が胸に響いた。
「お客さんの話を聞くのをやめて。お願い」
美月の目が真っすぐに私を見ていた。
「彩乃が壊れるくらいなら、私、許さなきゃよかったって思っちゃうよ。私が許したから、彩乃は罪悪感を持ち続けてる。だったら、許さなきゃよかった。そうすれば、彩乃は私のことなんか忘れて、普通に生きられたのに」
「美月──」
「私、彩乃に普通に生きてほしいの。幸せになってほしいの」
美月の目から涙がこぼれた。
「お願い。もう、やめて。自分を責めるの、やめて」
私も泣いていた。
「約束して。自分を責めるの、やめるって」
「……わかった。約束する」
そう言うしかなかった。
◆
帰宅して、ベッドに横たわった。
美月との会話が頭の中でリフレインしていた。
「許さなきゃよかった」
「彩乃に普通に生きてほしい」
美月は私のことを思って言ってくれた。でも、それでも私だけが免除されるのはおかしい──そんな考えが無くなってくれない。
美月が許してくれたからといって、私が許されるべきだということにはならない。
報いは受けるべきだ。
私にも報いが来るべきだ。
来ないなら──
自分で受けに行くべきなのかもしれない。




