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ノロイ、ノロワレ  作者: 埴輪庭


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第一話

本作は最終話まで20分ごとに更新され続けます。

 ◆


 金曜日の夜だった。


 駅の階段を上りながら、足の裏にまとわりつく疲労の重さを感じていた。改札を抜け、コンビニの明かりを横目に、いつもの道を歩く。十一月の風が首筋を冷りと撫でていく。マンションのエントランスでオートロックを解除し、エレベーターのボタンを押す。私の部屋は五階だ。


 狭い1Kの部屋に戻ると、電気もつけずにそのままソファに倒れ込んだ。


 今日も上司の木村に詰められた。書類の日付が一箇所間違っていたからだ。三十分かけて、他の社員がいる前で説教をされた。


「こんなこともできないのか!」


 木村の声が耳の奥に残っている。


「前の会社でも使えなかったから転職したんだろ」


 違う。婚約破棄があって、居づらくなって辞めたのだ。でもそんなことは言えない。言ったところで何になる。


「給料泥棒が」


 最後にそう吐き捨てられて、席に戻された。周囲は何も言わなかった。誰も目を合わせなかった。


 転職して二年になる。最初の一年半は極々平穏に過ぎていった。木村が直属の上司になってから、すべてが変わってしまった。なぜ私が標的なのか、理由はわからない。この木村という男は基本的に誰に対しても当たりが強いのだが、私に対しては格別強い言葉を使ってくるのだ。毎朝会社に向かう足取りが重くなり、木村の顔を見ると胃の奥が締めつけられるようになった。


 辞めたい。でも辞められない。また転職なんて、履歴書に傷がつく。我慢するしかない。やり過ごすしかないのだ。


 ソファに横たわったまま、天井を見上げる。暗闘の中でエアコンの緑のランプがぼんやりと光っている。


 そんな時、不意にスマホが震えた。


 美月からのLINEだった。


『今日どうだった?』


 画面の光が目に沁みる。起き上がって、返信を打つ。


『最悪。また木村に詰められた』


『えー、またか……大丈夫?』


『もう慣れた。慣れたくないけど』


『今度会おうよ。話聞くから』


『ありがとう。美月がいてくれて助かる』


 送信してから、スマホを胸の上に置いた。


 美月は私にとって特別な存在だ。高校時代、私は美月をひどく傷つけた。それなのに美月は許してくれた。三年前、私が人生のどん底にいたとき、誰よりも親身に支えてくれた。今もこうして愚痴を聞いてくれる。私なんかにはもったいないくらいの親友だ。


 ◆


 土曜日の夕方、駅前の居酒屋で美月と向かい合っていた。


 生ビールのジョッキを傾けながら、私は堰を切ったように話し続けた。木村のこと。毎日の小さな嫌がらせのこと。書類を何度確認してもミスを見つけられて指摘されること。他の人には普通なのに私だけ狙い撃ちにされること。


「それ、完全にパワハラじゃん」


 美月は眉をひそめた。


「でも証拠がないし。録音とかしてないし」


「人事に相談は?」


「無理。木村、上からの評価高いの。私が何か言っても、逆に私が問題社員扱いされるよ」


 ビールを飲み干した。苦味が喉を通り過ぎていく。


「もう、あいつ呪ってやりたい」


 冗談のつもりだった。笑いながら言った言葉だった。


 美月は少し考えるような顔をして、それからふと思い出したように口を開いた。


「ねえ、彩乃。ちょっと変な話なんだけど」


「何?」


「私も前、パワハラひどい職場にいたことあるの覚えてる?」


「うん、聞いたことある」


「あのとき、ほんとにストレスやばくて。である日ネットで見たんだけど……呪いグッズを作って売るっていう副業があって」


「呪いグッズ?」


 枝豆を摘まみながら聞き返した。


「そう。フリマアプリで売るの。お札とか、人形とか、いかにも呪いっぽい感じのやつ」


「何それ。そんなの売れるの?」


「売れるんだよ、これが。藁にもすがりたい人とか、オカルト好きとか、ネタで買う人とか。意外と需要あるみたい」


 美月は続けた。


「でね、記事に書いてあったんだけど、呪いグッズを作るときに、自分が呪いたい相手のことを考えながら作ると、すごいスッキリするんだって。作ってる間、ずっとその相手のことを呪える。で、できあがったものを売って、お金になる。ストレス発散とお小遣い稼ぎが同時にできるってわけ」


「それ、やったの?」


 美月は少し恥ずかしそうに笑った。


「ちょっとだけね。パワハラ上司のこと考えながら、呪符とか書いてみたの。そしたら不思議とスッキリして。で売ってみたら本当に売れて。ちょっとしたお小遣いになった」


「へえ」


「彩乃、手先器用だし、やってみたら? その木村のこと考えながら作れば、ストレス発散になるかもよ」


「呪いなんて信じてないけど」


「私も信じてないよ。でも、気持ちの問題っていうか。やってみると、意外とスッキリするから」


 美月はそう言って、ウーロンハイのグラスを口に運んだ。


 ◆


 帰宅したのは十時過ぎだった。


 シャワーを浴びて、髪を乾かしながら、美月の言葉を反芻していた。呪いグッズ。馬鹿馬鹿しいとは思う。呪いなんて存在しない。私は合理主義者だし、オカルトの類は一切信じていない。


 でも、ストレス発散にはなるのかもしれない。


 机の引き出しを開けた。年賀状用に買って余っていた和紙がある。筆ペンもある。


 試しに、やってみようか。


 和紙を一枚取り出し、筆ペンを握った。


 何を書けばいいのかわからない。とりあえず、それっぽい文字を書いてみる。


 「怨」


 「呪」


 「滅」


  我ながらチープだなと思った。


 木村の顔を思い浮かべながら、筆を走らせる。あの粘着質な目。薄い唇。ネチネチと詰めてくる声。


 死ね、とは書かない。さすがにそれは気が引ける。でも、不幸になれとは念じる。消えろとは願う。


 不思議な感覚だった。筆を動かすたびに、胸の奥に溜まっていた澱のようなものが少しずつ流れ出ていくような気がする。


 完成した呪符を眺めた。それっぽく仕上がっていた。和紙の質感と筆文字の組み合わせが妙に説得力を持っている。


 それらを試しにエルカリに出品してみた。


「本格呪符 怨念込め 復讐祈願」


 値段は千五百円。送料込み。


 馬鹿馬鹿しい。こんなもの誰が買うのか。


 私は苦笑しながらスマホを置いて、ベッドに入った。


 ◆


 翌朝、目が覚めてスマホを確認すると、通知が来ていた。


 エルカリからだ。


「ご購入ありがとうございます」


 売れていた。


 嘘でしょう? たった一晩で


 こんなものが本当に売れるのか。美月の言った通りだった。


 匿名配送の手続きをして、コンビニから発送した。封筒に入れた呪符はただの紙切れにしか見えない。でも、誰かがこれに千五百円を払った。藁にもすがりたい誰かがこれを買った。


 ストレス発散になるし、お金にもなる。


 もしかしたら人助けにもなっている──のかも? 


 私自身は呪いなんて信じていない。これはただの商売だ。


 でも、悪くないかも。

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