19.リヒトとアンネ➁
「……で? きみがその薬の開発者?」
顔の上半分を黒い仮面で覆った青年が、玉座からアンネを見下ろす。
温度を感じさせない声は、薬の話を信じてないからかも知れない。
だが何も問題はない。
試薬もレシピも、この手の中にあるのだから。
(ちっ。なんで顔隠してんのよ。挿絵通りのイケメンかどうか、確認出来ないじゃない)
謁見の間で頭を下げながら、アンネは密かに舌打ちする。
けれどもとびきり余所行きの声を作って、シルム王に訴えた。
「さようでございます。この薬を使えば、シルムの兵すべてを、恐れ知らずの不死兵に変えることが出来ますわ。陛下の悲願達成に、絶大な効果をもたらすこと間違いなしかと」
「ふぅん?」
やはり、王の反応は味気ない。
まるで興味を見せず、人を食った応対。当てが外れたアンネは、勝手に苛立った。
(なんで? 飛びついてくると思ったのに。続編だと今頃、薬の開発で躍起になってる時期でしょう?)
それともこれはシルム王なりの交渉術なのか。敢えて素っ気なくして、買い叩こうという魂胆なのでは。
相手の思惑がどうであれ、始めてしまった交渉は進めていくしかない。
顔をあげる許しを得て、アンネが愛嬌たっぷりな笑顔を振りまいても、相手は特に反応を見せなかった。
(これもダメなの? 私が以前通りの美貌なら、笑うだけで男は媚を売って来たのに!)
アンネが気を揉む中、王が軽い口調で尋ねる。
「悲願というけど、僕が何を願っていると?」
「それはもちろん、ライザー帝国の征服でしょう?」
「……きみは帝国の出身だよね? 祖国を裏切り、攻め滅ぼしたいと、そう聞こえるけど」
「その通りです! 帝国は私を、謂れなき罪に問いました! 不公平で、裁きを受けるべきだと思います」
「へえ。謂れなき罪って?」
「そ、それは」
"つまらない女を贔屓し、皇妃に迎えるべき自分を追い出した"とは、さすが厚顔なアンネでも言い控えた。
代わりに、"心遣いを無下にされ、不当に罰を受けた"と伝えておく。
「どうにも漠然とした話だね。それにきみの性格だと、何かやらかして逃げて来たように見えるのは気のせいかな」
「ッ!? し、失礼ね!」
アンネは思わず声を上げる。
「図星か。──はあぁ、やめて欲しいなぁ。揉め事を持ち込むとか」
面倒そうに、王が言った。
「シルムは確かに他領を欲してる。土地が痩せてるからね。でも現状くらいは把握してるんだ。この数年で帝国は更なる力をつけた。そんな強大な国と正面から遣り合うより、産業や貿易で自国を強化したいんだよ、現在は」
「な、なら、余計に不死兵は最適よ? 殺しても立ち上がる、人間兵器ですもの──」
「きみ、何言ってるかわかってる? 人を兵器にするって、気軽にしていい発想じゃないでしょ」
「へ?」
アンネが間の抜けた声を出した。
「だって、あんた、シルム王でしょ? 人を人とも思わない、手段なんて選ばない非道な国王」
「貴様ッッ」
「よせ、シェーン」
アンネの発言に、傍に控えるシェーンが剣の柄に手をかけた。
気色ばむ腹心をなだめ、王が話を続ける。
「すごい評価だね? 僕は。──話を戻すけど、きみ、一体国で何やったの?」
ぐっ、とアンネが言葉に詰まる。
「まさかその作った薬、とやらで騒ぎを起こしたわけじゃないだろうね」
ワントーン、声が低くなった。
シルム王が足を組み替え、顎を上げて睥睨する。
「死出草は我が国固有の植物だ。きみがどうやって入手したかは知らないけど……。まあ闇商人でも何でもいるもんね。それは後で洗うとして」
仮面下の目が、鋭く光った。
「言いたいのは、薬の成分として検出されて欲しくない素材だということ。何かあったらウチが疑われるし、言いがかりの名分にされかねない」
ひと呼吸の後。
「僕はその薬を用いることはもちろん、表に出すことも望まない」
王が断言した。
「はぁぁ! せっかく私が作ったのに!!」
途端にアンネが吠える。が、シルム王は取り合わない。
「知らないよ。勝手に作っておいて」
「じゃ、じゃあこの薬とレシピを買ってよ! 外に出したくないなら、私の言い値を払って欲しいわ! でないと薬を持って、"シルム王が企んでる"と皇宮に訴え出るから!」
暫しの沈黙。
肌がヒリつくような空気の中、玉座の主は呆れるように言った。
「……きみは、馬鹿なのか? ここをどこだと思ってる?」
次いで、声がはじける。
「衛兵、この女を捕えろ!」
「なんっっ」
「当たり前だ。不出の薬と作り手を、野に放つわけがない」
「きゃあっっ。やめて! 触らないで! 私をどうするつもりよ!」
左右から拘束され、アンネの抵抗はあっさりと押さえ込まれた。
「そうだな……。きみの持ち込んだ秘薬が、果たして言葉通りの効果を持つか、否か。その身をもって証明してもらおうか」
「まさか──、嘘でしょ」
アンネの顔からザッと血が引く。
「我が国の人間に使おうとしたくせに、自分がされるのは嫌?」
「当たり前でしょ! 私はアンネ・ヴィンケルよ! あんたたちとは価値が違うのよ!」
「価値ね。その価値を、なぜきみが決めれるわけ?」
「な、だって。あんたたち、本当は小説のキャラなのよ! 私は魂を持った、ちゃんとした人間なんだから。言ったでしょ。私は"この世界の秘密を知ってる"って! ここは小説の中の世界なのよ!」
フッと、王が鼻で笑う。
「何を言うかと思えば。きみの自認がどうであれ、今のきみはただのライザー国民。そしてシルムでは当然、他国民より自国民の方が価値が高い」
「一緒にしないでよ! だから私はシルムとか、ライザーとかを超越した存在だって──」
「僕は前世の職業上、人を壊すような"薬"の使い方は嫌いなんだ」
「え?」
アンネが静止する。
シルム王は今、"前世"と言った?
「あんた、まさか……!」
転生者、とアンネが口に出すより早く。
王の声が響いた。
「連れて行け」
「や、いやぁぁぁ──っっっ」
アンネの絶叫が広間にこだまし、彼女が連れ出されてからも廊下から届く声に、静けさが戻るまで数分。
やれやれ、とリヒトが腰を浮かせかけた時、侍従が別件を持ち込んだ。
「帝国より魔法通信の要請が入りました。シュテファン・ライザー帝の直通通信です」
その言葉に、玉座では重い溜め息が落とされた。
「そらみろ、やっぱ来たかぁ……」
いつもお読みくださり、有難うございます♪ アンネ、きみはまたこのパターンなのか!( ゜Д゜;)
番外編、ウケなくて寂しい( ;∀;) でも書きたいところまでは書くんだ (๑•̀ㅂ•́)و✧
シルム国のお話は、たぶん4話構成(予定)。本日、起承転結の承。
《本編》は誰かしらの一人称で進みましたが、《おまけ》は混ぜこぜで申し訳ないです。
その他設定もいろいろ甘い部分出るかも、なのですが、お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします(∀`*ゞ)テヘッ




