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終章: 残された謎

私の解析は、ここで完結した。すべての線が繋がった。徐福は詐欺師から種蒔きの旅人へ変わった。日本に文明の芽を植えた。神代文字はその歪んだ証。だが、君よ。この真実を書き終えた今、胸に痛みが走る。解析の夜から続く頭痛が激しくなる。息が浅く視界が揺れる。寿命の予感か、それとも水銀の幻か。いずれにせよ、時間は少ない。だが、君に届いたなら、それでいい。この記録が奴らの嘲笑を越え、永遠に残るなら。すべてが、繋がったのだ。

 いや、待て。完結など、嘘だ。私の研究は、まだ道半ばである。ここまで語った徐福の軌跡、神代文字の歪み――これらは、私の確信だ。数字が示す一致率、線一本一本の変異パターン、それらは揺るぎない。だが、青森の寒野で力尽きた徐福の後を、追うべき謎は山積みだ。君に、託そう。この真実の証明を。

 思い浮かべてみよ。青森の新郷村に、キリストの墓と呼ばれる古墳がある。イエス・キリストが磔刑を逃れ、日本に渡来し、そこで老いて眠ったという、荒唐無稽な伝説だ。竹内巨麿が1935年に「発見」したというその墓は、ゴルゴダの丘の代わりに、蝦夷の果てを選んだ救世主の末路を語る。なぜ青森か? なぜ、東北の辺境か? 徐福の足跡が、ここに重なるのを、私は見逃せぬ。漢字の影が、十字の刻印に変わったのかもしれぬ。神代文字の北限が、キリストの亡骸を指すのかもしれぬ。

 さらに、源義経の影だ。鎌倉の源頼朝に追われ、奥州平泉で自刃したはずの英雄が、実は生き延び、モンゴルの荒野へ逃れ、チンギス・ハンとなった――そんな伝説が、江戸時代から囁かれる。フビライ・ハンの祖父たるチンギスが、義経の化身だという。馬の背に乗り、風を切る武者の魂が、大陸を席巻したのだと。なぜ東北から始まるのか? 平泉の金色堂に、徐福の鉄槌の響きが残るのか? 神代文字の線が、義経の逃亡路を辿り、モンゴルの弓に繋がるのか? 私の解析では、青森の石碑に「馬」の変形が残る。偶然か? 否、真実の糸だ。

 そして、恐山。青森の霊場、三大霊山のひとつ。慈覚大師円仁が開いたというが、地獄と極楽の景色が広がり、死者の声が風に混じる。義経の霊すら、岩に宿ると言う。釘橋を渡り、湯気が立ち上る谷を歩けば、徐福の亡霊が囁く。「永遠、無し。伝うるのみ」。なぜ、こんなに謎が集中するのか? 東北の寒野が、渡来者の墓標となったからだ。徐福の贖罪が、死者の囁きを生んだからだ。

 岩手の遠野――東野と呼ぶ者もいるだろう――の妖怪伝説も、同じ。柳田国男の『遠野物語』に記された座敷童子、河童の影。家を守る小鬼、川に潜む化け物。飢饉の亡霊か、縄文の記憶か。ザシキワラシが、徐福の童女の残魂なら? 河童が、仙薬の毒に歪んだ姿なら? 東北の民話は、神代文字の延長だ。技術の伝達が、妖怪を生んだ。悔恨の果てに。

 東北にだけ、あまりにも謎が集まりすぎている。私の研究では、徐福の足取りを追っていたが、九州から北上し、東北に到着してから死ぬまでの間に、何か大きなことがあったのではないか――そう推測せざるを得ない。変異率が急激に低くなり、漢字の骨格が鮮明になるこの地で、徐福は単に力尽きたのではなく、何かを隠したのかもしれぬ。キリストの影、義経の逃亡、恐山の霊言、遠野の妖怪――これらは、徐福の贖罪の最後の産物か、それとも、伝達の失敗がもたらした大いなる秘密か。東北の土が、すべてを飲み込んだのだ。

 君よ。これらの謎を、解け。キリストの墓を掘り、恐山の風を聴け。義経の弓を、遠野の童に問え。私の研究は、ここで止まる。だが、君の手で、真実を証明せよ。奴らの教科書を、塗り替えよ。徐福の遺言を、永遠にせよ。

 昨年から、この病は私を蝕んだ。肺が焼け、指が震え、余命は幾ばくもない。悔しい。こんな体で、学会の壇に立てぬ。嘲笑の視線を、跳ね返せぬ。このパソコンさえ、もう打てぬほどに、鍵盤が遠い。だが、君に託した。私の確信を、君の証明に変えよ。すべてが、繋がるはずだ。繋がらねば、意味がない。


――ああ、君よ。最後に、一つの告白を。最初に、この記録で「大学に所属し、教鞭を取っている」と書いたのは、すべて嘘だった。謝罪する。君を、欺いたことを、心より詫びる。だが、理由がある。昨年から病気の悪化により、退職を余儀なくされたのだ。大学は、私の妄執を支えてくれぬ。鼻つまみ者の烙印を、剥ぎ取られた身の上だ。それを隠し、権威の仮面を被ったのは、そうしなければ――この解析の結果を、誰も信じようとしなかったからだ。孤独な老いぼれの戯言として、嘲笑されるだけ。詐欺師の徐福のように、私も嘘を選んだ。贖罪の旅を、君に託すために。許せ。だが、信じてくれ。すべてが、真実だ。


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