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第一話 その8

 その日も、自慢の和歌を作って、いつもの待ち合わせ場所。

 と、言っても、自宅からそんなに離れていない、寺社の境内で待ち合わせていた。


 暫くすると、彼が階段を上がってくる足音と息遣いが聞えてきて、その度胸の高鳴りが自分でも聞こえてくるようで、病気じゃないかと思う位。


 眼の前に彼が立っているのが不思議で、何故不思議か、分からない。

 つい何か月前は想像もしていない事が目の前に居るのだから、一人で居た事が何となく不思議で、二人でいることもまた不思議。


 歩きながら、懐から短冊を取りだし、昨晩創った和歌を手渡した。

「契りきな・・・」

 そう言って、立ち止り、彼は何度も何度も、その短冊の和歌を目で追っていた。そして、後は声には出さず諳んじていた。


 私の、和歌を諳んじて、そして、彼の記憶の中に、心の中に刷り込まれていっていることが、私の分身でもある和歌が、彼の中に取り込まれていく感覚が、もう何もいらない位、充実していて、その彼の横顔を見ているだけで充分な気がした。


 彼は、短冊から目を離し、こっちを見てありがとうと言って、短冊を仕舞った。

 そして思いつめたような目で、私をみつめ、堰を切ったように、今晩あなたを貰いに行きます、と。


 え、え、えっ、えー!と思わず叫んでしまい、頭が中がグルグル回り気絶しそうになった。

 何とか持ちこたえようと、足を踏ん張っていると。


 境内の外から、彼の名を呼ぶ男の人がこっちに走り寄ってきた。

 探しました、至急お戻りください、奴がいよいよ動き出しました。

 そして、ちらっと私を見てそして彼に耳打ちをし、そして走り去って行ってしまった。


 走り去った彼を見送り、しばらくそのままでいたけれど、くるっとこちらを向きその顔は無理やり笑顔を作ったことがありありと分かるほど痛々しい笑顔だった。


 彼は、

 大丈夫です、あなたとご家族、お知り合いの方はこの都から離れるご用意を。

 そして必ず守って見せます。


 私は、

 一体どうしたのですか、私にも教えてください。

 あなたと、契らなくとも。

 私はそう言葉を切って、彼が思い切って言ってくれたことに対して私は答える。

 そう思い、言葉を続けた。

 契らなくとも私はあなたのものです。そしてあなたは私のものです。


 そう言って、シンとなった境内に、そよ風が吹いた。


 彼はありがとうと言って。こう言った。

 暫く鳴りを潜めていた、酒呑童子が、茨木童子と四天王と共にこの都を襲撃しに来る、餓鬼が時々出没していたのは偵察の為。

 頃合いを見計らっていたのだろう、仲間を引き連れて来る。

 彼はそう言った。


 あくる日。

 検非違使はもちろんのこと、名だたる陰陽師から近衛府、衛門府、兵衛府総出で出陣した。

 送り出しの時には沿道に皆、見送るため駆け付けた。


 その列の中、見付けた彼は、こちらの方に手を上げ、にこやかに何か言っていた。何を言っていたのか、分からなかった。



 その後、都は蜂の巣をつついた様に、混乱した。


 混乱した中、幼馴染や、更衣、女房も無事洛外にそして彼の指示通り、南へ、南へ逃げることが出来た。


 逃げながら、都がある北の方角を見てみると、閃光や爆発音、雷撃、爆炎が朝な夕なに響き、空は赤々と染めていた。


 幾日か、経過した後。

 鬼たちを撃退したとの報が入ってきた。

 酒呑童子たちに勝ったことは勝った、と。


 が。


 その損害は、あまりに多大な犠牲を払い過ぎた。

 彼は二度と私の前に現れることは無かった、ほどに。

 戦から帰ってきた検非違使のお仲間にも消息を聞いて回った。

 其の中のお一人がこういった、仲間を助けるため敵陣に向かって行ったきり帰ってくることは無かったと。


 それでも私は待ちたい。

 あの時沿道で何を言っていたのか聞きたい。

 そして、彼の前でまた和歌を詠いたい。


 あの和歌の様に。


 暫くして私の記録は、私の作品と共に、彼と共に歴史の記録から敢えて、消し去ることにした。

 彼は私だけの記憶としておきたかったのかもしれない。


 せめてこの記憶だけは二人一緒になりたかったかもしれない。


 永遠に。


引き続き目を通していただき誠にありがとうございます。まだ、しばらくお付き合いくだされば幸いです。

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