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第一話 その6

 言葉の堰を切ったのは私の方、とにかくありがとう。

 宴の時に川に落ちた時助けてくれたことを、一言お礼を言いたくて。

 それで、武者装束の御方は限られてくるので、それで都中を探し回っていたので。

 それで、子供が迷子となっていたので。


 そう言うと、

 検非違使の御方は、ジッとこっちの目をまっすぐ見ていて、あの時の様に心臓がバクバクしている自分がいた。

 子供ですか。

 餓鬼が出没するお触れが出ている状況で、子供の身を案じる、他の誰もが己だけのことで手いっぱいで、誰も取り合わなかった、それが普通なことなのに。


 だから、じゃないですか、こんな時、にこんなところで、子供一人じゃ危ないでしょう。



 バカ正直な、お優しい方なのですね。

 ハア、バカとは何て。

 この人、言葉選びしない人なのか。


 彼は、言ってから、しまったといった顔つきになり、しどろもどろとなっていた。


 頭を掻きながらすまなさそうに。

 そして言葉を選びながら。

 純粋だから、あんな美しい和歌が詠えるのだと。

 こう言いたいのです。

 申し訳ない、私は、幼いころから男兄弟に囲まれ、武芸一家の真ん中で上に7人下に2人と、幼い私から見ればほとんど大人の兄たちに武芸を叩き込まれ、婦女子と口聞く機会など、または、見る機会などほぼ皆無。

 この、検非違使の任に付くようになってから、初めて女官、女房、など女性と話をする機会が多くなり。

 この頃やっと慣れてきたかな、と思って。


 慣れた割には、女性に、バカはないのでは。先程の、私の創作活動に対する言動も合わせて。



 それに、慣れてきたから、こんな口の利き方になってしまい申し訳ない。

 と深々とあたまを下げた、下げた頭を元に戻した時、顔が真っ赤だったことは、月明かりが一瞬陰っても、ありありと確認できた。


 その顔を見て小さく息を吸って一気に喋った。

 私は、前々から殿方に男の人に言いたいことがあります。

 不器用なのは男の人だけではないってことです。

 女だって、男の人に相対すれば、緊張もするし思ったことも中々言えない。

 不器用さを前面に出して、さもそれが男らしさだと勘違いする方々が多すぎます。

 女性に対して、それを前面に押し出すという事は。

 女性に対する思いやりを放棄していることと同義と思ってください。

 女だって、同じ様に緊張もするし、殿方の思考経路なんて分からない、分からないからって、不器用を前面に出したらどう思います?

 それは、ガサツな女としか認識されないでしょう。

 男性も殿方も勉強すべきです。

 女性を女性と見る前に、人として見るべきです。

 そこまで、一気に喋ると、私は何て同じことを繰り返すのかと一気に血の気が引くのが分かった。


 彼は、びっくりしたように目を見開き、そして、何か考えるように、咀嚼するように、頭を小さく縦に振っていた。


 いつでもそうだ、思ったことをすぐ口に出してしまう、反省するのは私の方だ、私の言動は命を救ってくれた人に対する態度では無い。

 急に自己嫌悪に陥ってしまった。



 暫く沈黙が続き、同時にあの、と声を掛け合った。

 先にどうぞと、私。

 彼は。

 そういえば、貴女の御歌は宮中はもとより、都中でとっても有名でいらっしゃる。

 女御の方々はすごい天才が現れた、かの式部も大層お褒めになられていて、宮中の方々が口をそろえて万葉集に選ばれてもってもおかしくない、和歌をおつくりになっている方がいると。


 敢えて、私の言った言葉に直接言及せず、話題を私の創作活動に。


 私の和歌を知っておられるので。


 宮中では有名です、そう言いう事が不案内な自分でも、何首かは知っているし諳んじるくらい好きな歌はあります。

 好きと言う、文言に少しドキッとした。

 でもそれは私の和歌に対してだと思い直すまでそんなに時間はかからなかった。

 和歌に、ですか。

 あ、いや。


 と、どう話しを繋げたら良いのか戸惑いがありありと見て取れた。でも、少しでも寄り添おうとする事は分かった。


 特にその晩は、その後、空が白むまで、とめどない話で終始し、男女が褥を共にすることは無く、手さえも握らず、触れず、検非違使は館を後にした。



 去り際に、彼はこう言って去って行った。

 和歌を自分に贈っていただけないだろうか、と言うものだった。

 和歌を。

 そう繰り返すと、分かりました、あなたのために贈ります。


 そう誓ったのは、もう日が白々と辺りを照らし始めた頃だった。


 ところで、昼過ぎに約束通り帰ってきた父上や母上は、それはそれは、飛び上がるような喜びようで、こんな娘を好いてくれる、奇特な殿方もいるものだと、それはそれは、泣いて喜んでいた。


 奇特は余計だが。


目を通していただき、ありがとうございます。

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