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契りきな・・・。  作者: 吉高 都司


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第一話 その4

 その少女の手はみるみる(しわ)だらけとなり、同時に顔は、とてもこの世のものとは言えないような醜さとなり、生木が裂けるような凄まじい音と共に、体は着ていた着物を引き裂きながらその大きさを何倍にも変え、家の屋根も越えようかと思う位の大きさとなり、頭は少女の見る影も無く。


 口は大きく裂け、足は大木の様になった。


 その皺だらけのおおきな腕、手に抱えられ、大きく口を開け、眼の前に牙が視界一杯に広がっていた。

 昔、遠くの海で捕れたという、鮫と言う魚を見世物として見せてもらったことがあった。

 其の歯は鋭く無数に並んでいたことを思い出した。

 今目の前に広がっているそれが、あの時のそのものだと。


 いや、この歯、牙の方が多いな。

 と、ボンヤリ見ていた。


 人は、死を目の前すると、逆に落ち着いてしまうのか、諦念(ていねん)の極みと言ったところなのだろうか。

 これが走馬灯と言うのだろうか。短い一生だったな。

 優しい殿方に、愛されもせず、この身を散らすのは、いかがなものか。

 まあ、今世は純潔を守ったのだから、来世は、モテモテで頼みますよ、神様。

 あ、父上や、母上に親孝行もしてなかったな。

 歯が、牙が、私の頭の上にある。

 ボタボタ(よだれ)と言うか、唾液が雨の様に体中に降り注いでいる、ああ、痛快丸(かじ)りか。

 ああ、一瞬であの世か。

 痛くないかな。


 ・・・・。


 目をギュッとつぶっていたので、なにが起こったのかはわからなかった。

 ただ、衝撃と言うか、私の体がフワッとうかんだ感覚の後、急に体が重くなったり軽くなったり、浮遊している感覚の後、ドスンと臀部から地面に痛くない程度に着地した。

 恐る恐る、目を開けてみると、

 男の人の背中が見えた。

 そして男の人の後姿肩越しに向こう側がみえた。

 その時には我に返って、いた。

 餓鬼(がき)、あれが餓鬼。

 直感的にそう思った。

 眼の前の背中しか見えなかった男の人は、私を庇うように後ずさりしながら、地面に何やら文様(もんよう)を描きつつ最後に印を結んだ。

 カッと周りが昼間の様に明るくなった。

 次の刹那。

 目の前の文様は、地面、大地に漆黒の大きな穴をとなった。

 そして開けた漆黒のその中にそれが飲み込まれるように、その巨体をのたうちながら沈んでいった。


 漆黒の穴がその巨体を飲み込んだと同時に、穴は点となりやがて消えた。

 シンと辺りは何ごとも無かったように。


 物音ひとつ、野犬の遠吠えすらない、静かな夜となった。

 あの、と声を掛け、ありがとうございましたと謝意を述べようとした、ありがとうの、あ、を言った刹那

 阿呆か貴様。死にたいのか。あれほどお触れで暮れ六つ以降は外に出るなと言って置いていたはず、と。

 それまでの静寂が噓のように。空気が一気に震えるほどの怒気が満ち満ちていた。


 いきなり怒鳴られたものだから、泣きそうな涙はスッと引っ込み、代わりに、怒鳴られたことへの怒りが単純に湧き出た。

 湧き出た思いをそのまま理性を通さず、口に出た物だから、売り言葉に買い言葉。

 こちらも思わず、怒鳴ってしまった。


 バタバタと数人の武者姿の若者が角から走って来て、口々に別当(べっとう)だいじょうぶですか、別当大事ないですかと、言っている言葉も二人の言い合っているセリフの中に、入り込む余地は全くない様子だった。


 体が餓鬼の唾液でずぶ濡れのまま、夜風に当たっていたものだから、クシャミの一つで、ふたりの口喧嘩は終わった。

 その頃には夜も更けだして月明かりがこのあたりを照らし出した。

 改めて、その武者装束の人を見ると、検非違使(けびいし)の方であることが分かった。

 しかも、その横顔に見覚えのある事に気が付いた。

 あの宴の時の、わたしを川に落とした原因を作った。

 あの武者姿の人その人だった。


今回も、目を通していただき、誠にありがとうございます。

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