第一話 その3
見ず知らずの女のしでかしたことに、あの方は全くの無関係、のはず。
そう、さっき会ったばかりの女の事に、殿方が頭を下げて回る。
しかもミカドにさえ、そもそも直々に殿上人に直接お話が出来るってどんな位の方?
ってこと。
いずれにしても、殿方にそんなことをさせておいて、こっちは何もしないなんて女の貫目が下がるってもの。
確かに、あの時は気が動転していたし、お名前も聞けず、こっちも何かしらの感謝の意も伝えずにいたのは、こちらの不手際。
ようし、探してみましょう。
と、いきり立ってみたものの、さて。
暫くは知り合いのつてなど使って、その武者装束の男性を探していたが、全く素性が分からなかった。
そう、武者装束、が唯一の手掛かり。
検非違使、陰陽寮、近衛府が都に武者装束でいるモノノフという方々。
この事は皆が知っているのだが、都は広いので中々出会う機会は無い。
同時に家の中は、それは、まあ、ひどいもので、父上や母上は朝餉、夕餉の時には場所を変えて、顔も合わせない位ご立腹の様子で、それは、それは空気がピリピリしていて、とてもいづらい事この上なしと言ったところ。
そして、幾日が経ち父上や、母上が件のことについて怒りが静まり、やっとこの頃は、朝餉夕餉は一緒にすることが出来るようになった。
それでも、日がな一日都をウロウロして、無駄足の日々が続いていた。
女の貫目とか息巻いていたのが、何だか空しくなってきて。
しかも都では最近、餓鬼が出没しだしたと、お触れが回り、特に暮れ六つ以降は厳に外出は控えるように、との事だった。
餓鬼。ありとあらゆるものを貪り食う鬼。そのすがたを見たものは誰もいない、見たものはひとり残らずその餌食となり、髪の毛一本残さず貪り食われるという、恐ろしい鬼。
そこで、一つひらめいたのは、餓鬼や物の怪を払う猛者が都を守ってくれてると言う。
検非違使、陰陽寮、近衛府といった方々。
そう言えば、あの武者装束の人はそのいずれかの人だとすれば。
警備に出動しているのなら、もしかしたら、出会えるかも。
なあに、暮れ六つまでに家に入れば大丈夫。
そう思って、都の大通りをそれとなく、見て回りながら、都を警備に出動している人を、見て回るといった、奇妙なそれでいて、その事がどれだけ危険な事なのか無知故、の行動を取るようになった。
父上や母上は、また変わったことをするようになった娘にあきれたというか、匙を投げたというか。もう勝手にしやれといった具合だった。
腹心の友も最初の内は、興味本位で付き合ってくれては居たが、やがて、彼女のいい人との逢瀬も蔑ろにできないと、暮れ六つの外出禁止令が出ている昨今、私との付き合いも回数が減り、とうとう一人で都を彷徨うことになった。
さて、今日もお会いすることが出来ずにトボトボ歩いていると、小さな女の子が往来で、親とはぐれたのか大泣きしていた。
暮れ六つ近くもあって、人々は足早に帰路についており、女の子を足早に避けていた。
見るに見かねて、思わず声を掛けたのだが大泣きしていて、どうにも要領が得ない。
往来で、大泣きする少女と、それをあやす娘を置いて時は刻々と過ぎ、あっという間に暮れ六つを報せる、梵鐘が鳴り出した。
はっとして、少女を見直すと今まで泣いていた少女は泣き止んでおり、知らない間に私の着物の袖をギュッと握って離さない。
背筋に寒いものが走り、夕刻の長い私の影が一つ、往来に長く、長く張り付いていた。
おかしい、私だけの影、私の袖を握っている少女の影が、無い。
嫌。
と言いながら、彼女の手を袖から振り払おうとしたその刹那。
目をとおしていただき、誠にありがとうございます。




