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契りきな・・・。  作者: 吉高 都司


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第三話 その10

 周りの目があるにも関わらず、(かいな)にとびこんだ彼女は自分に、自分自身驚いた。

 自分の感情以上に他の感情が湧き出た事も、自分では分からなかった。

 あの、時々既視感(きしかん)単衣(ひとえ)の自分だった頃の夢か現実か分からない、宴の場面、宮中と(おぼ)しき館での、見た事のある殿方との談笑の場面、そして一番思い出したくもない最後の別れの場面、そこの場面だけは悲しくて、胸が張り裂けそうになりずっと封印していた。


 それが一気に感情が爆発した。


 ポン、ポンと頭を撫でるように叩いて、頑張ったねと言われた時には涙が(あふ)嗚咽(おえつ)と共に感情が爆発した。


 大丈夫だ、ここはもうもたない、城に行こう西国(にしのくに)はもうそこまで来ている。


 長屋から出てきた子供たちが、彼女の(そば)にきて(そで)(すそ)を握り締め、おねいちゃんと、不安そうな瞳で見上げたその瞳を見ると、一人一人抱き上げ、大丈夫、大丈夫だよ、お姉ちゃんが絶対守るからね、と抱き潰しそうになるのを(こら)え、その言葉を自分自身の決意表明とした。


 さあ早く、と将軍は連れてきた手勢と共に長屋のみんなを囲みながら城へ急いだ。


 遠ざかる、みんなを長屋はその在りし日の騒々しい、そして陽だまりのような時をページをめくるように思い出し、そして、遠ざかる住人たちの行末の幸福を祈らずにはいられなかった。


 遠ざかる住人たちの一人一人が、長屋での出来事を、時々振り向きながら、その姿が町の一部になるまで見送っていた。


 城の虎口(こぐち)を抜け、土塁(どるい)、堀を越え二の丸まで来た、多聞櫓(たもんやぐら)の向こうに一の丸、本丸がある、大きくそびえたつ本丸の城を見ると改めてその偉業がまざまざと分かる。

 が、その歴史も今や、脅かされつつある、周りには疎開(そかい)に間に合わなかったり、この町に留まりたいと居残った人たちが、二の丸と言い、三の丸、本丸の先まで一杯になっていた。


 こっちへ、と長屋のみんなと共に将軍に導かれながら、城の本丸の中に入った。ここなら、皆さんの無事も確保できると思います、

 将軍はそう言いながら、近くにいた腰元(こしもと)を呼びつけ、子供たちに温かいものと、お年を召した方には、床のゆっくりできる場所の確保と、泥だらけの住人達には順番で湯浴(ゆあ)みが出来るように、そして、食事の提供を指示し終わると、奥から入れ替わるように彼女の父親が出てきた。

 久しぶりに見る父親は髭面(ひげづら)がひどく、その容貌(ようぼう)で、激務に続く激務を想像させた。

 殿、今(よろ)しいですかな、と、こちらにあまり気にすることなく、いや、目に入っていなかったのだろう。

 そして、続けた、

 諸外国との折衝(せっしょう)の刻限のは明朝、夜明けと同時にとの事です。

 その表情は、悔しさをありありと示すものだった。

 我が国の、内乱状況、騒乱状況を鑑み諸外国が、この国に統治する能力なしと、この国の人民を救うため、武力をもって、安定するまで、代理の国家運営を執行する者である、と、そこまで言って、吐き捨てるように、詭弁、詭弁に過ぎない、弱者を我が物にする、植民地の発想だ。

 この国を植民地にしたいだけなのだ。

 他国もそうだ、そう言って内政干渉から、植民地へ。

 将軍は天を仰ぎそうかといってそして、直ぐに評定(ひょうじょう)を始めるからと、書院番(しょいばん)を従え、次の間消えていった。



 彼女は将軍を見送った。


 後に残った父はやがて彼女にやっと気づき父上、と言って手を取り合ってお互いの無事を確認し合い、これまでの経緯を語り合った、そうか、頑張ったなと父が労うと、父上こそお役目大変な所、お体にお気を付けくださいと言うと、父は娘の瞳をまじまじと見つめ、いい女になったなと、本人は褒めたつもりだったが、なにを思ったのか、彼女はカッと真っ赤になり、バカ親父、何言ってんの(いや)らしいと父親に肘鉄(ひじてつ)をくらわしていた。

 脇を押さえた彼は、バカはお前だ、何も変わっちゃいねえ


 周りに人がいない事が少し幸いした。


 父は、真顔になり、先程の話は本当だ、この国がこの国で無くなる瀬戸際だ、そして思いつめたように、こんなことの為に洋学をおさめたわけじゃねえ、もっとこの国が発展繫栄すると思って、素晴らしい技術や、魔導、考え方を貪るように学んだ、だがどうだ、洋学も何ら考え方は変わっちゃいねえ、弱いものを食う、獲物としか見ていない、戦国の世と何が違う。


 俺はこの国が鎖国する意味が分かったような気がする。


 そんな、事言わないで、自分の努力を否定しないでください、もっと早くに取り入れていれば学ぶ時間、理解する時間があったと思う。

 新しいものに手を出さない、臆病なだけだったかも。

 だから、父上は大丈夫。


 大丈夫、か。

 彼はその言葉を反芻(はんすう)し、そして、笑顔になった。

 やっぱりおめえはいい女になった、母さんの様だ。


 母上、そう言って、彼女は、私も母の様になったのだろうか、そうだったら、最大の誉め言葉だ。





 ものすごい何かが落下した衝撃が,振動が城の内外に響いた。

 城の外を見ると西の丸の屋根に大鷲がその爪を屋根と土塀に食い込ませ、二、三羽ばたいたと思うと、まっすぐこちらに向かって来た。


 何ごとと、将軍が評定の途中にもかかわらず、様子を見に来た。


 すると大鷲は本丸の破風(はふ)にその場所を大きな爪と共に食い込ませ、そして二、三羽ばたき人の声で言った、


 我は、使者なり、告ぐ、明朝、総攻撃を行う、降るものは赦す、抵抗する者はその命は保証しない、ただしそこにいる御仁、将軍の首差し出せば、全て赦す、これ、最後通告なり、以降如何なる抗弁も無意味とする。よくよく考えるべし。


 そう言ったかと思うと、首に引っ掛けていた桶のような物を、器用(きよう)に口にくわえ直しこちらに投げつけた。

 書院番の誰かが受取り、(いぶか)し気に見ていると、大鷲は口を開き。笑いながらその桶にその御仁、将軍の首を入れて持参すればよい、桶を探す手間が省けただろう、と笑いながらつづけ、持参した物には優先して、官職を与えてもよいぞ。と最後は笑っているのか喋っているのか分からない嘲笑、侮蔑の極みと言った物言いで、二三羽ばたいて、大空に舞って行った。


 彼女はチクショーと叫び魔導書(ネクロノミコン)を手早く開き、思いついた、紋章と陣を発動させようと詠唱に移った時、将軍はすかさず止めに入った。


 どうして、と振り返ると、戦場に置いて、使者を攻撃、ましてや殺めるのは御法度(ごはっと)だ。

 あんなにバカにされて腹が立たないの、彼の瞳を見てそう言った事にハッとなった。


 ごめんなさい、とすまなそうに言うと。


 少し考えさせてくれ、と彼は言って奥の間に入って言った、去り際にちらっと桶を見た事が、彼女の胸をざわつかせた。



 暫くは、周りのがあまりにも静かすぎて、逆に不気味だった、

 これが嵐の前の静けさと言うのだろうか。


 評定(ひょうじょう)は将軍抜きで行われている、父も参加している、西国(にしのくに)の最後通告は受け取っており、これ以上西国(にしのくに)の譲歩は期待できない。

 ならば諸外国しかない、そこで、ギリギリの折衝になっていた。

 二日、一日、いや半日でも時間稼ぎが出来れば、北国が今こちらに向かいつつある、そうすれば、形勢は逆転、お互い落としどころは期待できる、そうすれば諸外国の干渉も二の足を踏むことになる。

 そこに賭けるしかない。


 その間も、最後の決戦に向け、二の丸、三の丸にいる、戦える者はその最終決戦に備えていた。


 彼女は長屋のみんなが気になりあちこち探し回った。

 そうするとあの、番所の役人さんの姿も見えた、そして、大工の親方も、彼女はみんな、と言って駆け寄った、子供たちは裏口から嫁さんと共に夜陰に紛れ逃がすつもりだ、といって二ッと笑っていた。


 もう一度彼女はみんな、と言って涙ぐんだ。


 彼女はどうしてもみんなを、そして彼を守りたい、どうしたらみんなを、とそこまで思ってハッと気づいた、あの桶をちらっと見た彼の表情。


 どこかで見たと、気が付いた瞬間、その時周りの風景が古戦場となった、死屍累々(ししるいるい)の戦場だ、自分の装束をみてそうか、あの時の。

 そして目の前には、片目に眼帯をした武者が居た、彼女は彼を知っている、彼女は彼を救えなかった。

 彼が、命を賭して()(がまり)をもってして私を救ってくれたこと。

 (ころも)の切れ端を渡した事、血だらけの短冊(たんざく)を貰った事、全て思い出した、彼女は彼女達の生まれ変わり。

 彼を守るため何度でも生まれ変わっていたのだ。


 周りは、いつの間にか元の二の丸の広場に戻り、みんなが居る。


 ハッと気づいた、駆け出した。

 彼を守る、そうだ、彼に守られていた、私じゃない、もうそんな輪廻から輪廻転生(リインカネーション)から、折角巡り合えた彼を今度は私が守る。彼女は叫びにも似た思いを声を出しながら城の中を駆けずり回った。



 きっと彼は。

有難うございます。拙作が、思いの外長くなり、そして、目を通していただき本当に有難うございます。ああと、一話で終わるつもりですので、何卒よろしくお願いいたします。

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