第三話 その9
話は数日前に遡る。
ここはまだ、東国の勢力下、西の都城では、重臣達が彼、勢威大将軍に戦況の報告を刻々と入れていたが、どれも希望の持てる報告ではなく、西国軍の一方的な戦いとなっていることに、失望しかなかった。
床に広げた、戦場地図を眺めていたが、そこに配置されている自軍の駒が、敵軍の駒により明らかに自軍の不利を証明していた。
臍をかみ、
その場から離れ、城の外を本丸から望むと、北の空が赤々と戦火の炎で赤く染まっていた。
その赤い空の下の都が、町が、民が戦火で苦しんでいる。
決して望んでいた訳では無い、
先代、先々代とが営々と築いてきたこの町、国を、人の営みを、破壊してしまった。
そのことに激しく自責の念に苛まれていた。
彼、将軍は、
暫く、思いあぐねていたが、
意を決し、これ以上、町を、人を、苦しめるわけにはいかないと、全軍、東の都へ撤退する決断をし、
撤退の命を下した。
重臣達は、もう一度再考を。
と、取りすがった。
しかし続けて、
北の國に使者を出し、東の国の守備を要請、そして今侵攻している西国軍の軍団長、西国の中央政府に停戦、和平案を差し向け、加えてこれ以上戦う意思のない事を示すため、この城から東の国に帰還する。
それらの決定事項を草案をまとめ上げ、早急に各部署に指示した。
負け戦、
その言葉が頭を過ぎる。
いや、まだ完全に負けた訳では無い、そう思いたい、
それは、願いにも似た希望が将軍の行動を加速させていた。
が、勝負事、特に戦に関しては、劣勢の時にする行動は得てして、負の方向に働いてしまうのは往々にしてあるもので、悲しいかな、今回彼の取った行動は、不幸、不運が重なってしまっていた。
混戦、混乱の極限の状況下、自軍に撤退の伝達が十分伝わらず、留まり戦う者、撤退する者、武装解除し逃亡する者があり、現場は混乱を極めた。
そして、停戦、和平案を携えた使者は、西の国の軍団長、新政府に辿り着くことなく混乱の戦火の中に掻き消えてしまっていた。
そして、一番の不運は、
それらの事は、彼、勢威大将軍が知ることなく、全て、計画通り進んでいると、思いこんでいる事、現実を知る由もなかったという事であった。
いま、彼は、味方を見捨てた将軍として、敵、味方を問わずこの国中に間違って伝わってしまっていた。
そのことを知るのは皮肉にも自分の国、東の都に帰って来てからだった。
ただ、一つの希望は長屋で待っている彼女だけは、彼を信じているという事だった。
ようやく東の国の港に到着し、城に向かう時には西国軍はもうすぐそこまで達していた。
東の都、そこは民のほとんどが疎開しており、混乱を極めていた。
すぐさま、彼女の安否の確認を外国奉行で、ギリギリの折衝を、執務を、各国と昼夜を問わず行っていた、彼女の父親から聞いたところでは、未だ長屋でみんなでとどまっているという事だった。
まずい、と。西国軍はすぐそこまで来ている、彼は、将軍は部隊の一部を彼の隷下とした編成を自ら率いて救出に向かった。
その長屋で、番所の役人を長屋のみんなが、歓迎して迎え入れていた頃。
彼女は、慣れない手つきで、玄翁を振って、板を外壁に打ちつけながら思っていた、彼が、みんなを見捨てて一目散に逃げだすなんて考えられない、あの時、生類憐みの令を愚直にも守ろうとしていたり、危険を顧みず、増水した川の中に入り、子供たちを助けたり。
長屋で、夕餉の時に語り合ったあの時を、反芻すればするほど仲間を置いて逃げるだなんて、信じられなかった。
私があの人を信じてあげなければ、と首を振って再び玄翁を振りかぶり作業取りかかっていた。
その時作業している彼女の後ろから声を掛けるものが居た。
こんなところにいたのか。
と言いながら、にじり寄って来た、赤熊を被って無いので最初は分からなかったが、先程の路地裏の商家での出来事が脳裏に浮かんだ、その時の一人が、そして厭らしく、舌なめずりしながら、
今度はいただくぜ。
とか、鳥肌が立つような事を言いながら。
自軍の陣地へ戻って行った。
いつの間に、まだ、こいつらいたのか、
こいつら絶対、一生彼女出来ねえ奴らだわ。
と奴らの事を罵倒した。
その長屋の周りには、知らぬ間に敵軍、西国軍に囲まれているようだった。
慌てて、子供たちや、みんなを長屋の奥に退避させ、守りを固めるように指示し、自分の部屋に置いている魔導書を取って、西国軍と対峙する準備をした。
彼女だけ表に立った。
西国軍が居た。
小銃や、抜刀した連中が遠目でも分かる、
そして彼女は魔導書に手を置き咒を唱え、革の表紙の錠前を外すと、勢いよくその書を開いた。
遠くで、攻撃の号令がかかったのか、小銃の弾が周りをかすめ、地面や、先程作った柵に、建物の壁に食い込む音が周りで一斉に起こった、続いて大砲の弾が、空気を切り裂いて近くに着弾し破裂した。
いずれも、直撃は無かった、
西国軍の練度のせいもあるが、魔導防御陣の発動によりすべての攻撃を退ける事が出来た。
改めて、虚空に、紋章と、陣を描き、詠唱しながら、大地にも陣を書き記した。詠唱が終わると同時に、虚空に描かれた紋章が、爆ぜて無数の光の矢となり敵の頭上に降り注いだ。
遠くで、敵軍の叫び声や、悲鳴が聞こえた。
よし、と彼女は、安定した術の執行に安堵した、
が、束の間、
再度、
敵の小銃の、発砲や、大砲の砲撃にさらされた、
幸い、直撃に至らなかったが、今までの弾丸、砲弾ではなかった、何かおかしい。
加えて、
敵軍の式神使いや、妖術使いが放った術が長屋に向かって来た。
すかさず、反転法を施すため大地に大きな結界を張り、詠唱を続け触媒の木の葉を虚空に浮かべた。
木の葉は大きな刃となり、向かって来る術を薙ぎ倒し、結界を破ることは無かった。
が、打ち込まれていた大砲の弾や、小銃の弾の弾痕から、触手が延びてきた、魔弾だ。
そう思っときには、雑草の様に触手が地面一杯になりつつあった。
遠くで、敵の笑い声が聞こえてきた。
よく見ると、赤熊を被った者が数人見えた。
あの、路地裏の商家でのあの奴らに違いなかった。
抜刀した奴らが迫ってくるのが見えた。
長屋の木戸の所まで迫っていた。
彼女は慌てず、
多重詠唱、多重陣を発動させた。
一度に数種類の詠唱を発し、属性の違う陣を数種類、描き放った、
今まで、それは練習でも数回しか成功しなかった。が、やるしかなかった。
光の弩弓と、炎が触手を焼き払い、地が割れ、三つ首の真っ黒な巨大な犬が地より湧き出てきた。
それは、遠くから遠吠えと共に野犬の群れがそこここからいつの間にか湧き出てきて、みるみる増え、咆哮と共に野犬の波は敵軍に向かって突進していった。
遠くで悲鳴や、小銃の発砲音や、爆発音がけたたましくなり、混乱ぶりが遠くにいても分かるぐらいだった。
その頃には敵が放っていた触手はほとんど駆逐されていた。
潮が引くように、野犬の群れと三つ首の犬と共に敵はここから見えなくなるまで撤退していった。
大丈夫だったか、
そう声を掛けられた声の主の方を見ると。
安心と、言い合わらせない感情が溢れてきて涙がこぼれてきた。
遅れてすまない、
彼、将軍が自軍を連れ続けて言った。
彼女は思わず駆け寄りその腕に飛び込んだ。
有難うございます、拙作を読んでいただき、目を通していただき、感謝いたします。




