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契りきな・・・。  作者: 吉高 都司


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第三話 その8

 立ち止り、恐る恐る振り向くと、赤熊(しゃぐま)を被った4、5人の男が立っていた。

 その赤い被り物で、表情は分かり(づら)かったが、その(いや)らしいニヤニヤした表情と、

 人影を見たと報告があったが、まさかな、誰もいない所だと思っていたが、女に会えるとは、思ってもみなかったぜ。と聞き覚えのある声だった。

 そう、あの団子屋で彼女を手籠(てご)めにしようとした浪人たちだった。

 そのうちの一人が、何か気が付き、近寄ってきて、その(いや)らしい顔をぐいと近付け

 彼女の顔をまじまじ見た。

 そして何か思い出したように。

 他の赤熊(しゃぐま)の元浪人に言い放った。

 あの若侍にボコボコにされた時の娘に、こんなところで出会えるとは。

 ザワッと、他の赤熊(しゃぐま)は色めき立ち、一斉に近づき顔を確かめるように、後ろ髪を引っ張られ、他の赤熊(しゃぐま)に分かるように(さら)された。

 一層、(いや)らしい顔が(いや)らしくなり。

 あの時の続きをしようか。

 と、彼女の手を取ろうとした時、

 彼女は

 気安く触るんじゃねぇ、こちとら、お前たちにくれてやるもんはねえ、有っても()()に捨ててやらあ。

 と手を払いのけた。


 しかし赤熊(しゃぐま)たちはさらにニヤニヤしながら、一斉に飛びかかって来た。


 最初の一人、二人は叫びながら何とか振り切ったが、大の男数人に、元服(げんぷく)前の娘が腕力で(かな)うべくもなく、羽交(はが)()めにされ、彼女の体を数人で抱えられ、

 どこかの誰もいなくなった商家の勝手口(かってぐち)木戸(きど)を、赤熊(しゃぐま)の誰かが蹴破(けやぶ)って、中に入り続けて母屋(おもや)雨戸(あまど)を続けて蹴破(けやぶ)り、屋敷の中に土足で入り込んだ。


 どこかの部屋の一室に投げ込まれ、男数人が一斉に彼女に襲い掛かった。



 彼女はチキショー、チキショーと叫びながら必死に抵抗した。

 抵抗しながら一瞬、あの将軍との、初めて出会った時の仏頂面や、長屋での夕餉(ゆうげ)のひと時の、将軍の顔がおもいだされた。

 そして、自分の非力(ひりき)さと、彼に対する思いで、泣きたくはないか涙がとめどなく(あふ)れた。


 彼女は、なおもチキショー、チキショーと抵抗していたが、男たちは着物の帯や、着物を剥ぎ取りにかかった。

 そいつらが手を伸ばし、彼女の着物に触れるか触れないかの刹那(せつな)


 一陣の風が舞い込んだかと思うと、赤熊(しゃぐま)、が宙に舞った。

 投げ飛ばされたり、地面に叩きつけられたり、壁に頭から食い込まされたりして、叩き伏せられていた。

 それは、一瞬の事だった。

 赤熊(しゃぐま)たちが一斉に、彼女に対する行動を止め、何ごとと、顔を向けた、と同時に、影が風の様に部屋の中に滑り込み、奥にいる赤熊(しゃぐま)が、隣の部屋に飛んでいき(ふすま)を突き破った。そして、もう一人は、勝手口(かってぐち)の方に飛んでいき庭にある、灯篭(とうろう)に激突し灯篭(とうろう)ごと倒れた。

 その時初めて、ある赤熊(しゃぐま)がなんだてめえ。

 と、その影に叫んだ。

 その影はものも言わず、するすると、その赤熊(しゃぐま)に近寄り、赤熊(しゃぐま)がフワッと体が浮いたかと思うと畳に頭から突き刺すように、叩きつけられ体半分が床にめり込んだ。

 そして、最後の一人が刀の(つか)に手をかけ、まさに刀を抜こうとした刹那(せつな)、その(つか)を持った手を掴み、もう片手を鞘を握り締め、刀の自由を奪った、身動きできなくなった赤熊(しゃぐま)にその影は言った。

 おいら町をよそ者が汚すんじゃねえ。そして、おいらの町で悪さは許さねえ。

 と言い終わると、足でその赤熊(しゃぐま)を跳ね上げ、勝手口の庭の方に投げ飛ばしもう一つの灯篭(とうろう)に激突させた。


 その時ようやく逆光に目が慣れ、影と思っていたが、

 役人さん。

 彼女はそう叫んだ、

 番所の前でニコニコしていたあの初老の役人がブフーと、息を吐くと、いやーまだまだいけそうだな。と。

 そして、彼女を背にしたまま、お嬢ちゃん大丈夫かね?と言った。

 やっぱり番所の役人さんだ、そう思った時、背中を向けたままブハッと息を吐き出し、ゼーゼー言い出した。

 いやー、駆け足の持久力は自信ないが、瞬発力だけは年を取っても十分あるぞ。

 いやいや、どうしてどうして、まだこんな奴らには負けんぞ。

 そう言った役人はその当時はきっとモテモテだったんじゃないかと思う位かっこよかった、と彼女は思った。


 赤熊(しゃぐま)たちは誰一人ピクリともしなかった。

 役人は続けて、こんな所に長居は無用、()ぐここから出て行こう。

 と、その前に。

 そこまで言って、

 役人は相変わらず彼女を直視せず、背を向けたまま彼女を指さした。

 彼女は最初、なんだか分らなかったが、自分の着物が()ぎ取られる途中の格好に気が付いて顔が赤くなった。





 もしよかったら、長屋に来ませんか?

 忌々(いまいま)しい屋敷を後にして、番所の前で、彼女は役人にそう提案した。

 続けて、

 みんなで助け合いながら残っていること、この町が好きで、そして、長屋が好きで残っている、一人で居るより、人数は多い方がいい、食べ物もみんなで分け合えるから是非一緒に。

 と。


 役人は、番所の奥を見詰(みつ)(しばら)く考えていた。

 ここで長年、町のみんなと、この町の治安を守ってきた。

 時には、近所の夫婦喧嘩に巻き込まれたり、道楽息子、娘をどうにかしてほしいと、泣き付かれたり、猫が生まれたら、何とかしてほしいとか、落とし物でひと悶着もんちゃくあったりとか、おおよそ治安と直接接関係のないことまで。

 (なが)めている分、色んな事が思い出されていた。

 目をつぶり、そして息を吐き、意を決したように、番所の引き戸を閉め。

 振り返り。

 お世話になります。

 と、ニコニコとした初老の役人は言った。


 もう一度、()き集めるだけ、物資を()き集め、初老の役人と一緒に長屋に戻った。


 戻ると、みんなは、人手は多い方がいいと言って大歓迎で、彼は長屋の一員になった。


 が、その時、彼女達の後をつけていた人影に彼女は気付いていなかった。

いつも、貴重な時間を、拙作に割いていただき本当に有難うございます。思いの外、話が延びてしまいまして申し訳ありません。物語の人々が、何というか、勝手にではないですが、紡いでおりまして、中々終われないというのが本当の所でありまして。でも、あと少しお付き合い下されば幸いです。

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