第三話 その7
まさか、勢威大将軍が戦いの最中に、逃げるなんて。
東の都は、その噂で、持ちきりだった。
将軍が西の都で西国軍と戦うため、まだ勢力下だった西の都城で東の国軍の指揮を執っていたが、
戦況は芳しくなく膠着状態、
それでも西国軍と戦っている最中
その東の国軍や、部隊、友軍を置いて、見捨てて、保身のため己だけ西の都城から逃げだした、
しかも夜陰に紛れ西の都港から、軍艦に乗って。
そしてここ、東の都に戻ってくると。
西国軍がこの東の都に攻め上ってくる、西の都の様に戦火に巻き込まれてしまう。
東の都は一種の恐慌状態となり、取るものも取り敢えず、自分たちの荷物を大八車や、手押し車などに乗せるだけ荷物を載せ、世帯毎、家族ごと、疎開の為に北へ、北の国へ。
または、背負子に荷物を背負い載せ、またある者は、着の身着のまま体一つで家族の手を引き、これもまた、北へ向かって行った。
その混乱の都の渦中、長屋では、彼女もその情報を受け衝撃を受けていた。
彼女の父親が、外国奉行として登城してから泊り込みで、中々長屋に帰ってくることが無い、
その父親がその情報をもってきたのだから。
信じられない、あの彼、勢威大将軍が、仲間を置いて逃げるなんて。
彼が、仲間を見捨てて逃げるなんて、と繰り返した自分のその発した言葉を彼女は頭を振って、私は彼を信じる、そんなことは無い、と再度自分の言葉で打ち消した。
おねいちゃん。
と、気が付くと、ぞろぞろ近所の子供たちが、そう言いながら不安そうに、彼女の部屋に入って来た。
大人達の不安が子供たち達に伝播したのだろう、今にも泣きそうな不安そうな顔で、彼女の袖を引っ張る、
大丈夫だよね。
そう言った、子供たちの顔を見ると、
彼女はギュッと抱きしめずにはいられなかった。
そして、
大丈夫。
と、彼女は力強く抱きしめた。
きっと大丈夫。
それは、彼女自身。
に、対しても言った言葉だった。
誰ともなく、みんなこの長屋で生まれ育ってきたんだ、ここはひとつ、自分達の身は自分達で守ろうじゃねえか、なあに、西の国がどれほどのもんでぃ、と。
そうみんなで決め、大工の親父さんの指揮の元、長屋の周りに柵を作って、西の国軍を防ごうと長屋の皆総出で、慣れない手つきで木材を運んだり、のこぎりで木材を切ったり、玄翁で釘を打ったり、と、長屋のこの地域だけは活気に沸いた。
実際その間も、西国軍は、破竹の勢いで東へ東へ進軍していた。
途中の国々をその傘下に収め、何時しか、西国軍は、東の都まであと十数里まで迫って来た。
都、町の人たちは、何時攻めて来るか分からない、西国軍を恐れ、そこから疎開しだし、経済活動はほとんど停止した状態となっていた。
その為、長屋での物資が不足して、長屋のみんなの食べるものも困窮しだしたので、どれだけ賄えるか分からないが、町に出て、搔き集めるだけ搔き集めることにした。
長屋のみんなは防御陣地を作っているので、長屋の子供たちに見送られ、彼女一人で人影もまばらな町の中へ物資を求め、出発した。
商店は板戸で閉め切っているところばかりで、いつもの買い物姿の、いつもの店の人とのやり取りや、
買い物途中で出会う同じ年頃の娘の友達と、好きな役者の推しの話で盛り上がったり、
近所の子供たちが、寺子屋の帰りに寄り道して走り回って賑やかな町のいつもの風景が昔の様に感じられる。
それ位、彼女が想像した以上に、悲しいほど廃墟の様だった。
ほとんど無人状態だった。
今は、在りもしない人々を思い出しながら、暫くあちこち探して進むと、彼、勢威大将軍と初めて出会って、追いかけっこ。
と、言うか、追い回した路地付近に出てきた。
そう言えば、どこか見覚えのある場所と思っていた。
遠目に一件、板戸がはまっていない商家があった。
いや、番所だった。
その番所の前で、人影が佇んでいた。
近づいてよく見ると、あの時の、彼女に息も絶え絶え説教をした初老の役人が、番所の前で、桶をひっくり返して、そこにチョコンと座っていた。
近付く彼女を見止めると、おお、と言って手を上げ、いつぞやの、お嬢ちゃん。
と、言ってあの時と違ってニコニコと人の良さそうなおじいちゃん、と言った感じで手を振っていた。
どうして、まだここに?皆さん疎開されていますが。
と彼女は言った。
相変わらずニコニコしながら、
お前さんもそうじゃねえか、疎開しないのはお互い様。
そして、続けて、
おいらはこの町が好きだ、おいらはこの町で生まれ育ってきた。
幼いころから、ずっとこの町でお世話になっていて、この町が、みんなが大好きだ、だからこの町を守る役人になった。
社会が変わろうとも、俺はここで町を守りたい。
だから、ここにいる、残っているんだ。
そう言って、遠くを見る目は少し寂しそうだった。
そうですか、気を付けて下さい、とペコリと頭を下げ立ち去ろうとした時、
そうだ、と言いながら、
彼女はその初老の役人に、商店の情報を聞き出し、そこに向かうことにした。
教えてもらったお店は営業していて、おかげで、買出しが出来た。
暫くはみんなの空腹が満たすことが出来ると、ほくそ笑みながら帰路を急いだ。
帰り道、彼女は、
ある路地を通り過ぎた時、正面の街道から赤熊を被った数人を先頭に、大勢の人の塊が、こっちに向かって来るのを、見た。
赤熊。
西国軍の指揮官がその威厳を示すのに、東国軍と違いが一目でわかるように被っているものだ。
その後ろにはその歩兵たちが、小銃を肩に担ぎ、数人で大砲を引っ張っていた。
彼女は、直ぐ傍の路地に身を隠した。
多分、見つかっていない。
そう、祈るような気持ちで身を隠していた。
重い荷物を背負っているので、動きは鈍くなっているのは否めない、そんなことより、こんな事なら魔導書を持って出発すればよかったと後悔していた。
荷物になるからと、出来るだけ物資を持ち運ぶために置いてきたらしい。
そう思って、路地から様子を伺うと、赤熊はいなくなっている、歩兵の集団も動きそうにない、よく見ると座っている?様子だった。
小休止でもしているのだろう。
そう思って、その場から離れる決断をした。
身を隠しつつ、少し遠回りで見つからないようにと腰を浮かした、と。
その時、番所のあの初老の役人の事が頭を過ぎった。
このままだったら、あの赤熊、西国軍があの番所の前を通る事になる、番所の役人と言っても東国の役人には違いない、見つかればどんなひどい事をされるか。
ニコニコしながら、この町が好きだ、と言った役人の言葉が、顔が思い出され、来た道を引き返し番所の方に身を隠しながら進んだ。
この角を曲がると、番所の裏側に出るはずと、目的地近くになり彼女は半分安堵の気持ちになった。
まだこの付近には西国軍は来ていない。
そう思った刹那。
背後から、数人の聞いたことのある、癖のある男たちの声が彼女を呼び止めた。
読んでいただき、目を通していただき本当に有難うございます。




