第一話 その2
父上と母上の頭の額の青筋が、今までないほど立っている。
顔はにこやかだが、ぴくぴくしている。
私一人で帰ってきたらこんなものでは済まないだろう。
付き添いで、先程の武者装束の若者が、付いてきてくれたおかげもあった。
取り敢えず無事、に帰ってきた。無事?
川そのものは浅いが突然な事で、みんな大騒ぎとなり宴は中断。
宴を台無しにして、無事といえるだろうか?
詳細が後でバレたら、こんなもんじゃない、と思いつつ。
武者装束の彼は、面目無さそうにこう言ってくれた。
自身が急に声を掛けたものだから、びっくりなさって川に落ちられた。
ミカドから私にこの方を送り届けるようにと厳命が下ったとの事。と両親に助け舟を出してくれた。
ミカドから直々に、と言う点においても火に油、手間ばかり取らせるこのバカ娘は。
と、その表情にありありと物語っていた。
武者装束の彼は続けて、お怪我は無いようです、只、全身ずぶ濡れの様子、春先と言ってもまだ寒いので、御風邪を召されぬようと。
そう、言い残し従者と共に館を去っていく後姿を見送っていたら、私の大きなくしゃみが一つ。
それを聞いてか、振り返る武者装束の方の視界に入らないよう、何とか物陰に隠れて見られないようにしたのは不幸中の幸いだが、この後、父上や、母上にこっぴどく叱られたのは不幸中の不幸。
後日「薫物」香道の席で、大笑いの友達に心底腹が立った、そんなに笑わなくても、いくら腹心の友と言ってももう少し労わってくれる言葉もあればと思う。
涙を流して笑い続け、ようやく落ち着いたのか。涙を拭いて、私に、だから言ったのに、そんな宴よしなさいって。あなたは、和歌や日記を書いてみんなに感動を与える方が似合ってるって。あなた、表に出て、どうこうは似合わない。
そんなこと言ったって、父上母上に無理やり行って来いって、言われたんだから仕方ないでしょっ。
彼女は、
その証拠に、歌会ではいつもあなたは引っ張りだこで、あなたが出ない歌会ほどつまらないものは無いって言うほどだし、その点で、自信持てば?
慌てなくても、きっといい人が現れるって。
そう言いながら、彼女は聞香炉を鼻の近くに持って行った。
それを横目で見ながら、
その、他人の「きっといい人が現れる」って言葉ほど、当てにならないものはない。
と、思いながら、はあ、とため息を付いた。
しかも、父上や母上からは、このままなら、尼になれだのなんだのって、はあ、と二つ目のため息を出した。
溜息ばかり。の、腹心の友を横目で見ながら、香炉を置きつつ。
でも、その武者装束の御方ってどんな方でしたの?
私は。
特になにも聞いていません、そもそも急に女性に声を掛けるなんて、非常識。
だから、私は驚いて足を踏み外し川へ。と言いながら、川に落ちる仕草をした。
彼女は。
その非常識な人間に宴を台無しにした後片付けをさせたのは何処のどちらさんでした?
え、今なんて?
友は半ば呆れたように。
だから、宴を台無しにしてしまい、参加されていた方々に謝罪の為頭を下げて、しかも催されていた、ミカドにさえ謝罪に行かれたと聞きました。
ミカドにも。と私が呟いたのを見て。
そう。そんな事、そうそう出来るものじゃないわね、あなた、あの人と、本当に何も無い訳?
あるわけないでしょ。
と私。
どこの馬の骨かもわからない女に、よくもまあ、奇特な殿方、と言いながらペロッと彼女は舌を出していた。
私は、彼女の置いた、香炉の香木が焚ききって、最後の香りが立ち上るのを、心在らずに見ていた。
目を通していただき、本当に有難うございます。「空想時代小説」ですので、時代考証はかなり大雑把なのは目をつぶっていただければ、幸いです。