第三話 その6
その日は朝から大騒ぎだった。
東の都城から使者がやって来て、父親に手紙を渡した。
その内容を見るや、ブルブル震えだし、傍にいた娘の肩を掴み、
娘、喜べ、この手紙を受け取り次第、早急に登城するように、との将軍御自ずからのお召が書かれておる。
仕官先が見つかったぞ、外国奉行、しかも翻訳方、老中支配下だ、ウオー父は頑張るぞー。
おお、お前ー、と言って部屋の隅に祀っている母の位牌の傍まで駆け寄り、線香を焚いて、鈴を叩いて、それを抱いて、お前にいい生活させてやりたかった、と言ってオイオイ泣いていた。
そう言って長屋の中に響き渡る位、大騒ぎしている父親の姿があった。
どうやら、過日、長屋で夕餉を共にした時、父親の履歴を知ったからだろう。
そう、勢威大将軍の彼が早速手配し、人材を搔き集める一環として、彼女の父親に白羽の矢が立ったようだった。
まだ、部屋の奥で父親は位牌を抱きながら泣いていた。
こんなに愛されている母は幸せ者だ、大抵は男やもめに虫が湧くと言って、直ぐに後添いを娶るものだが、母一筋、そこはわが父ながら尊敬と言うか、好きな所だ。と彼女は思っていた。
早々に父親は手紙に書かれた通り、登城していった。
入れ替わりの様に、侍、勢威大将軍がお忍びでやって来た。
将軍と知っているのは今のところ、彼女だけであるが。
長屋の木戸をくぐると、長屋の皆が気さくに声を掛けてきて、また夕餉食べていくんだろう、とか。
今度は頑張りなよ、とか。
子供が駆け寄って来て、一緒に遊ぼうと言って、纏わりついたりと、彼は引っ張りだこだった。
彼は、そんな長屋の皆と接して、あの仏頂面を崩し、今では、こぼれる笑みを堪える位だった。
子供の相手を一頻り終えた後、
彼女の部屋で。
先程の子供たちとの無邪気さと正反対の状況を伝えた。
すまない、西の都がもう持たない、私直々に出陣して、鎮圧で先行して頑張っている各隊と合流して西国軍と一戦交えなければならない。
先祖が必死で泰平の世を作って、いや、国中みんなで培ってきたものが、火の海にならないよう、頑張ってくるつもりだ。
もしこの東の都に戦火が及ぶようだったら、北に逃げてくれ。
それを聞いていた彼女は、凛としていった、私は逃げません、貴方が帰ってくるまでこの東の都で待っています、と。
翌日には、
西の都へ、出陣の長い列を作って、大通りを行進していった。沿道には都中から見送りの為、沿道が人で埋め尽くされていた。
彼女は、その中でかれを見つけようと、沿道の中の人となっていた。
一際、大きな馬に乗り長屋で見てきた彼と全く違う、威厳に満ちた彼が馬上の人となっていた。
一緒に来ていた、長屋の皆は初めて、いつも接していた彼。侍が、勢威大将軍だとその時初めて知った。
皆、腰を抜かすほど、驚き、信じられない、と口々に言い合い、娘に向かって、お前さん知っていたのかい、人が悪いよ、と詰め寄る一場面があったがすぐに、見送るため彼に声を掛けた。
彼は、娘に気付き馬上から何か言っていた。
その時、周りの景色が一瞬にして変わった。
あの時、そう、初めて見る場景だが、以前にも見た情景、そう、酒呑童子を倒しに出陣する時何かを言っていた、そのときは分からなかったあの時に。
今は分かる。
単衣姿の彼女が、手を振っている。
私は彼女だ。
そう思った時パッと、場景は元に戻った。
彼は、もう遠くに離れ、ここからではもう見えなくなっていた。
彼の言っていたことを彼女は反芻していた。
出発してからしばらくして、
西の都の戦況の情報が刻々と入って来るようになったが、
しかし、戦況は芳しくない、西国軍が優勢との情報ばかりだった。
そんな時、驚くような情報が飛び込んできた。
勢威大将軍が西の都城から逃げた。というのだ。
目を通していただき、お読みいただき感謝いたします。今しばらくお付き合い下されば幸いです。




