第三話 その3
あー、今日の父親の説教は長かった。
帰って来て早々、長屋での父の説教が終わった時の、
彼女の率直な感想だった。
夕刻から激しい雨が、自分の憂鬱さを一層引き立てた。
どうやら、雨は上がったらしい。
彼女はそう思いながら表に出る為、引き戸をガラッと開けると、表では聞き耳を立てていたのだろう近所のおじさんや、おばさん、果ては近所の子供たちまでズラッと並んでいた。
急に開いたものだから、皆慌てて散って行った。
説教が終わったばっかりの彼女は、
もう、たいしたことないって!と、みんなに聞こえるように大声で叫んだ。
まあ、娯楽が無いからだろう、何かあれば、例えば、近所に子猫が生まれただけでも、その話題で暫くは長屋の井戸端会議のネタには困らない位だから。
それでもここの長屋の人々は基本いい人ばかりで、私は大好きだ、
癖は強いけど。
と思っていた。
だから、今回の事でも向こう半月は娯楽のネタになるだろう。
夕餉の支度のため井戸端に行くと、夕餉に使いな、と、焼き魚はお向かいの老夫婦、みそ汁の具に使いな、と、大根は、三軒隣の子沢山の大工さん夫婦から頂いている。
これだけで、今日の夕餉の準備はほとんど整った。
彼女の父が洋学を修めていて、学問をしている事もあって、近所の子供に読み書き、そろばん、を教えたり。
大人には、代書をしてあげたり、学問を教えてあげたりとしている事もあり、まあそれの、月謝でもないが、現物支給的な物をよく貰っている。
玄関には、木札に読み書きそろばん教え〼、とぶら下げている。
夕餉の席で父に。
気を付けろ、今、世の中は開国だ、鎖国だ、佐幕、倒幕、攘夷だ、といった、猫も杓子も憂国志士気取りの浪人共が都を跋扈しているって聞く、
さっきの浪人だって、どんな奴らかもわからん、とにかくそう言った輩には関わるな。
彼女は、
分かっているけど火の粉は払わないと、
と言うと、睨まれたので、黙っていた。
父は続けて、
西の都は特にひどいと聞く。毎日の様に天誅だ何だと、血なまぐさい事ばかりだとも聞く。それに、近々、将軍様が直々に不逞の輩を討伐するって噂だ。
彼女は丸々脂ののった焼き魚を口に放り込みながら、
へー将軍様も大変だー、
と、この時は自分には全く関係のない、天の上の他人事だと思っていた。
また、雨が降り出したようだ、
それと、魔導書の勝手に持ち出し禁止。
と、父にくぎを刺されてしまった。
雨と一緒にまた憂鬱さがぶり返した。
父の酒が進み、進んできたらいつもの恒例行事の様に、
部屋の隅にある母の位牌に線香をたいて、鈴をかき鳴らし、
オイオイ泣きながら娘が、娘が!お前さえいてくれればこんな娘にならずに済んだのに!と位牌を抱きしめてオイオイ泣き出した。
父はそう言いながら、泣きながら。
彼女は思った、
もー酒が入るとこれだ。
しかも、こんな娘とは何という言われ方なんだろう。
まあ、今回は番所に身柄を引き取りに来てもらった手前、反省している。
ゴメン。
でも、その姿を見ていると、
これだけ愛されている母を、うらやましいとも思っている。
夕餉が終わる頃には、雨は本降りになっていた。
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