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契りきな・・・。  作者: 吉高 都司


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第三話 その1

あの戦乱の世が今は昔と、平和な泰平(たいへい)の世が続いてもう250年以上。

 時の将軍、勢威大将軍(せいいだいしょうぐん)も15代を数えた頃、ある噂が都に流れ出した。

 将軍がお忍びで、市井(しせい)の人々に交じって生活をしている、と言うものだった。

 (まこと)しやかに、流れているものだから、ほとんど都市伝説と言っていい。



 こらー。

 怒鳴り声が、長屋の端から端まで届いた。

 壁が薄い長屋であることもあり、それは、それは長屋中に響き渡った。

 中心にある井戸端(いどばた)では、近所のお歯黒(はぐろ)の御婦人方がまた、あの娘だよ。

 とかなんとか言いながら、怒鳴り声の方を向いて、怒鳴り声の出所(でどころ)を確認すると。

 また、それぞれ途中だった洗濯や、洗い物の作業に取り掛かりながら、文字通り井戸端会議(いどばたかいぎ)を再開しだした。

 怒鳴り声の発生元、長屋の一室の引き戸がズッと開き、おさげの女の子、と言ってももうすぐ元服(げんぷく)間近ではあるが。

 その女の子が、片手に分厚い革表紙(かわひょうし)錠前(じょうまえ)付きの真っ黒な本を持って飛び出してきた。

 女の子が飛び出してきた、長屋のその部屋の奥から再び怒鳴り声が聞こえた。

 勝手に持ち出すんじゃない。と。

 その声を(あと)に、彼女はもう長屋の木戸(きど)をくぐって彼女は町に飛び出していった。



 今この国は、鎖国の状態から数百年が経っている。

 数年前、遥々(はるばる)異国から開国を求めやって来た異国人、夷狄いてき

 それは今までにない、強力な()()をちらつかせ、おおよそ、友好的とは言い難かった。

 また、それまでの、閉鎖された外交関係により、本格的な外国との折衝がいかなるものかと言う、スキルも前例も無く。

 加えて、国際法と言うものの存在すら一部の者しかその効用を認めず、それは官僚主義に(おちい)った者の、硬直した考え、思考の持ち主しかいなかったという、悲劇が災いしていると言える。


 時に、長い戦の世が終わり、天下泰平を謳歌(おうか)して数百年、それはそれで、人間人類が求めていた平和と言うものであったが、望む、望まざるを問わず、その終りと言うものは、災厄は必ず来るものであった。

 時の勢威大将軍(せいいだいしょうぐん)は15代目、将軍となってから幾年もたっていない頃の出来事であった。

 彼はそれまでは、特に何ごともなく、いたって平穏な日々を過ごしていたという。





 もうすぐ元服(げんぷく)だと言うのに、親父の野郎、全く教えてもくれないから、自分で学ぶしかないじゃん。

 (しばら)く駆け足で、走って頃合いを見計らって、裏路地(うらろじ)に入り、足を止め、息を整えながら彼女は言った。

 一息ついて、額から流れる汗が首筋や背中に伝うのもそのままにして、片手で持ち出した分厚い革表紙(かわひょうし)錠前(じょうまえ)付きの本を目の前にした。

 両手で、掲げるように額の所まで掲げ、何か(じゅ)を唱えると、バチンと錠前(じょうまえ)が勢いよく外れその本がバラバラと解放された。

 さて、と舌なめずりしながら、そこらにあった天水桶(てんすいおけ)の2個を拝借してそれを椅子と机にしてパラパラとめくり始めた。

 ページをめくる毎にそのページにある図や、文を指で押さえながら、また、(そら)んじながら、指を空中で何かを描くような仕草(しぐさ)をしたかと思うと、地面に、その辺の小枝で何やら文様(もんよう)魔法陣(まほうじん)を描き出し、そして何かブツブツと言ったかと思うと、その文様(もんよう)が光り出し、点滅したかと思うと、ボンと煙を発して文様が消えてなくなった。

あー失敗かーと頭を()きながら彼女は言った。



 この時代、長い鎖国(さこく)状態である言っていたが、それであっても、ナガサキで細々と貿易は実施していた。

 南蛮渡来(なんばんとらい)の魔導士や魔術士が入ってこない様にする処置で、南蛮渡来(なんばんとらい)のそれらは、陰陽師、妖術、仙道といった、この国古来のそれらと同等か、それ以上のものだった。

 故に、それらに対抗するための国策(こくさく)だった。


 その中でも、魔導書(ネクロノミコン)は強力で、彼女が持っているそれが、そうだ。

 彼の父は洋学者(ようがくしゃ)であって、共に魔導士、魔術士の勉強もしていたという、が、時は鎖国時代、洋学はあまり重宝されず、仕官先(しかんさき)もままならず、日々酒をあおる日々だった。

 彼女は昔から見ているその魔導書(ネクロノミコン)に興味を持ち、見よう見まねで本を開き、中の術を習得していった。

 当然、父親は怒る訳で、十分修行を積んでいない生兵法(なまびょうほう)大怪我(おおけが)(もと)とばかり、持ち出す(たび)怒るのだが、好奇心には勝てず、持ち出しては怒られる、を繰り返していた。

 しかし、素質があったようである程度の術は自然と、こなせるようになっていた。

 逆にそのことが、父を不安にさせている。



 路地裏(ろじうら)で何回か、魔法陣を試しに発動させようとしたが今日はうまくいかなかった。


時鼓ときつづみ丁度(ちょうど)(やつ)(どき)を報せたので、団子屋に入り小腹(こばら)を満たそうとした。


 お茶と名物団子を注文し、さてこれらをお腹の中に入れてお腹を満たそうとした時。

 侍の団体が、侍と言っても浪人の(たぐい)だろう、真昼間(まっぴるま)こんな刻限(こくげん)に、いい侍がうろうろしているわけがない。

 その団体がドカドカ入って来て、私の愛おしいお団子の数々に浪人の刀や体に当り哀れ地面に砂まみれになってなってしまった。


 オーすまん。

 と一言だけ言って、その団体は仲間同士騒ぎながら店の奥に入って行った。

 いや、行こうとしたところ。


 彼女が、

 待て、ゴルアーと座っていた椅子を蹴り立ち上がった。

 団子落ちただろうが、てめえ、どうしてくれんだこの野郎。

 言ってから、しまった、と彼女は思った。

 あーあーこれだから、と思ったが時すでに遅し。


 浪人連中が、何だ、ナンだ、と肩を怒らせながら、言いながら。

 鬱陶(うっとお)しく近寄ってきた。


 浪人は、

 待ったをかけたのはお前か?とズイズイ近寄って来た。

 小娘(こむすめ)(くせ)になんだ俺達を呼び止めて。と。


 ジッと()めるように、いやらしく体全体を(なが)め、そうかそうか俺達の相手をしてくれるってか。と言い放つとげらげら笑いながら、彼女の腕を掴み、店の奥にいるであろう店主に、親父、二階借りるぜ、この娘を女にしてやらなきゃな。

 とグイグイ引っ張って行った。


 彼女は、

 ヤバい、こいつら、ヤラレル。と思い、どうやって逃げようかと、引っ張る腕に(あらが)っていた。


 その時、

 店の奥の席に座っていた侍がスッと寄って来て、彼女の腕を握っている浪人の手首を(つか)んだと思うと、浪人はイテテテと叫び声をあげながら私の腕を(つか)んでいる手を離した。

 そして侍は浪人の手首を(つか)んだまま、まるで丸めた紙を放り投げるように、片手で店の外に投げ飛ばした。


 浪人の他の連中はなにしやがんで、とか、何じゃお前、とか口々に(わめ)きながらその侍に近寄って胸倉(むなぐら)を掴みそうになった。

 そして手を伸ばした順にポンポンと、浪人は店の外に飛ばされていった。

 その頃には店の中には私と、その侍しかいなくなっていた。お客さんは彼女が、ゴルアーといった時点で、いなくなっていたみたいだ。


 続いてその侍が、スッと店の外に出て行った。

 そして、

 外では投げ出され、()いつくばっている浪人たちに容赦なく()りをゴンゴン入れていた。


 なんだてめえ。

 ゴン。


 何者だ。

 ゴンゴン。


 お前関係ないだろう。

 ゴンゴンゴン。


 すまねえ、弁償するから。

 ゴンゴンゴンゴン。


 俺じゃねえだろう、娘にだろうが。と侍が言い放ちながら。

 ゴンゴンゴンゴンゴン。


 浪人たちは、泥だらけになりながら、顔中、体中ボロボロになりながら、()いつくばって彼女の所まで来て、土下座の様に()いつくばったまま、ありったけの謝罪の言葉と金子(きんす)を置いて、また()いつくばって店の外に出て二度と侍の方を見ることも無く()()うの体で、立ち去って行った。


 それを、遠目で見ている侍の横顔を彼女は見ていた。


 それが、彼と彼女が出会った最初の出来事であった。


いつも、ありがとうございます、貴重な時間いただいております、それに報いるような物語にしていきますので、暫くお付き合いいただければ幸いです。

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