第二話 その4
そんなことがあっても、明日は来る。
いつも通り、学友たちがやって来て。
いつも通り、学問と武道の日課をこなしていった。
そして、いつも通り、仲間とワイワイやっていたが、一つちがっていた。
彼との距離が違っていた、目を合わせないようにしている自分が居た。
気まずさ。
気まずさ?
こちらは、否が応でも身分の違いがあって、こちらは上、一時期の感情を下の者に見せてしまったという負い目。
負い目?
いや、違う、そんな通り一辺倒な事じゃない、そんな世間体を気にしての事じゃない。
悔しかった、自分が他の者と一緒に思われたことが。
心のどこかで、私だけは特別とまでは言わないが、違った扱い、他の者と一緒ではない。
と、思われているのではないか、という淡い期待があった。
私だけはあなたの心の中に居る場所が違う。と。
悲しくないと言えば嘘になる、感情を出してしまった後悔と自責の念で顔をまともに会すことが出来ないと、自分で理解している。
そんな折、わだかまりを抱えたまま、鷹狩の模擬演習をすることになった。
当然、学友単独ではなく、父上や兄上たちのお供として、また、今後自分たちが執り行う時のための勉強も兼ねて。
鷹狩と言っても、戦を想定している軍事訓練の一環であるのだが、まだその頃は子供気分だった。
今まで、城の中や、周辺での狭い行動範囲であったが故に、鷹狩のかなり遠くでの活動は半分旅行気分であった事は否めなかった。
そして、鷹狩も終盤を迎えた頃、それはやって来た。
一旦仕切り直して、それぞれの持ち場で、鷹狩の準備を整え、いざ鳥見の衆が追い立てようとしたその時。
遠くで。
何かが爆発したような音が山間に響いた。
家来衆は何ごとと、色めき立ち、その方向に注意が集中した。
が。
全く反対方向から、それはやって来た。
異形の者。
確か隣国の不穏な空気を報せる風魔衆の情報があったからと、出かける前に父上の注意があった。
その所為もあって、随行する家来衆は倍以上付いていたのだが、それであっても、それを凌駕するほどのその異形の者の数。
学友達は、武芸に秀でている者ばかり、数では劣るものの何ら物ともせず、敵を撃退していった。
学友と言っても、本質は、私の家臣であることは否めない、それこそ私を守るために、身を挺して戦ってくれている。
友だち。
そんな言葉が、自分の心の中を去来した。
友だちとして、ではなく家臣として、主従の関係から戦ってくれているのだ。
対等な立場の友達でなく、上下関係で戦っていてくれている。
不満ではない、何かこう、自分と同じ目線での人間、肩を並べて、包み隠さず何でも語り合ったり、笑ったり、怒ったり、喧嘩したり。
そんなことは無理なんだろうか。
そして、恋をすることも。
彼の顔が思い浮かんだ。
ハッとして。
異形の者と刃を交えている、学友や、家臣の中を、彼の姿を探し目を追っている自分が居た。
彼は、大丈夫だろうか。
幸いにも、こちら側の損害、怪我人はほとんど無く、攻勢に転じていた。
だが、戦いの弱点は、潮目が変わった時と戦国の偉人の誰かが言っていたのを思い出した。
伏兵。
転じて攻勢なれば、手元が手薄になる、そこを狙っての事。
異形の者が風の様に音もなく、走ってきた。
あっという間に、私の間合いまで詰め寄ってきた。
光る刃。
私の命がここで果ててしまうと、自分自身も覚悟していた、
刹那。
大人二人分もあろうかと、いう鳳が、飛びかかってきた、異形の者たちを一瞬にして薙ぎ払った。
振り向くと彼が立っていた。
彼が、妖術を放ってくれていた。
自分が助かった事より、彼の無事が確認できたことに安心したのも束の間、薙ぎ払われた異形の者の一人が苦し紛れに、私に向かい矢を放った。
一直線に私に向かって来る矢に、今度こそ、死を覚悟した。
瞬間、私は何者かに弾かれ、ドウと地面に叩きつけられた。
同時に人の唸り声が聞こえた。
私を押しのけ、庇った彼。
が、
弾かれ、叩きつけられた地面から彼を見上げた。
目を疑った、彼の右目に矢が刺さって、矢羽が天高く空にそびえていた。
嫌。
そう言って彼に縋った。
苦しそうに、ではあったが、彼は私を見るなりよかったと言って、そのまま気を失ってしまった。
そしてこれが、学友として彼を見た最後だった。
彼は、治療に専念する事になり、その回復も見ずに私の元服をもって、学問所は解散となり、学友たちもそれぞれ、家臣として、または輿入れ先が決まったりと、大人としてそれぞれの道を歩んでいく事となった。
無邪気に、話したり、接していた日が遠い昔の様に感じられてしまっていた。
そんなある日、御屋形様お呼びでしょうか、と、右目に眼帯をした彼が入ってきた。
あの時私を庇い、右目を失ってしまった。
はじめて、彼の屋敷に行った時の花一輪の事、そして今回の右目の事。
見る度に、心の奥底で、棘が心を刺す。
繰り返し思う。
彼は幼い頃より、武芸はもとより学問も共にしており幼馴染ではあるが、決定的な違いは身分の差であった、私は次期当主を婿に取らねばならぬ身、彼はあくまで家臣団の子息。
私は、いずれかの国の殿方と夫婦となり、我が国を安泰にしていかねばならない。
庭を見ると花が一輪咲いている、庭をみてどれだけ恨んだであろう、どれだけ悔しんだであろう。
分かっている、理解している。
今日も、彼は笑顔で私の元に来る。
こんな国などどうだっていい、二人でどこか、誰も我々の知らぬ地でひっそりと、暮らしていけたらどれだけ幸せであろう事か。
叶わぬ夢を今日も、朝露の様に儚く濡らしては消えてしまう。
いつか、こんな戦いの世が終わり、自由に恋ができるそんな世が来るのだろうか。
もう一度、私を呼ぶ声に我に返った。
どうしたのですか、姫らしくもなく、どこか具合でも悪いのでしょうか、御典医をお呼びしましょうか。
いつも、優しい、このやさしさが身分の差から生まれているものであったとしても、それでもうれしい。
いや、少し。
と言って縁台に座った。
もうすぐ、大戦です、お体大事にしてくださいませ。ところで何事でございましょう?
と彼は私が呼び付けた用事を問うてきた。
主は、果心居士の弟子と聞く、今度の戦では幻術での働き期待いたしておるぞ。
ああ、こんなことを言うために呼び付けたわけでもないのに。
あの時、大空を見上げていたあの時の彼に。
言い忘れた事を。言うために呼びつけたのに、今度会う時は戦場だから今言わなくては。
天地神明よ、我に力を。
そう思った。
刹那。
ニッコリ彼は笑い、懐から出した、扇を天高く放り投げると、宙に舞いながら扇は開き其れがあっという間に大鷹となりそして、羽ばたいたと思うと、そのまま、首が長くなり大蛇の姿から龍の形となり、とぐろを巻きつつ天高く昇って行った。
と、思うとヒラヒラ扇が開いたまま蝶の様に彼の手元に戻ってきた。
片手で、それを拾うと。
御覧の通りでございますと言って、一礼して去って行こうとした。
私は、
歌を、和歌を。
振り絞るように、喉から絞り出すように声を出した。
去っていく彼の後ろから追いかけるように、追い縋った。
御戯れを。と言って。ギュッと手を握ってくれた。
力強くもあり、優しくもあった。
和歌を、贈ってくれ、学友の時の様に。
祈るように言った。
和歌を。
それが、生きる証じゃ。そちとわらわの。
彼は、
分かりました。ささ、お手をお離しくだされ、誰かに見られたら大変でございます。
きっと、良い和歌をおつくり差し上げます。
そう言って、去っていく彼の後姿を目で追っていた。
彼の言葉通り、数日後、無情にも時代の転換期、天下分け目の大会戦が始まった。
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