第二話 その2
何年前だろうか、まだ、髪を結い上げる前の事だった。
幼い頃は、席を同じくして武芸は当然「剣」「槍」「薙刀」「弓矢」「馬術」「水練」などは当り前、座学は「四書五経」は言うに及ばず、「孫子」「六韜」「呉子」「三略」の兵法書、戦記は「平家物語」、「太平記」、「吾妻鑑」、教養として「源氏物語」「古今和歌集」など、とにかく目が回るような忙しさであり、日々幼いながらもクタクタになっていたことを覚えている。
御学友として、まだ幼い事もあり、ある一定の時期まで男女共に、それぞれ、家臣の中から特に成績、人物共に優れた子女。子息、息女、を集め、共に学んでいた。
その中でも特に「古今和歌集」など、和歌に興味がありよく諳んじるほどであった、子息の中に風変わりな男子がいて、他の子を含め私も興味を引いていた。
他の子女は武家の息女、子息であるが、その男子だけは、武器を一切持たず、かといって、体術の類を旨とする家系でもなかった。
果心居士。
世に言う、妖術、幻術を使い、かの、国内統一を目前にされたヒデヨシ公、ノブナガ公の御前でその術は一軍団にも、南蛮から渡来した鉄砲をも匹敵すると言わしめたあの幻術師。
その流れをくむ、幻術師の一派の跡取り子息と聞く、その彼だった。
だからと言って、全く武芸が出来ないかと言えばそうでもなく、そつなくこなすといった方が的確かもしれなかった。
目立たず、まぎれる、といったところだろうか。
時折、私の前でだけ、その術を披露する事があり、尤も、私のわがまま、おねだりと言ったところだろうか。
その時少し困らせてやろうと悪戯心が働き、無理を言った、少し意地もあったかもしれない、いつもすかした奴で、みんな私にはちやほやして、何ごとにも私のご機嫌を伺うような者ばかりの中、彼だけは違っていた。
術が使えるから、少し和歌の才があるからと、お高くとまっている様に見えたのが何だか癪に触っていた。
多分その所為もあったに違いない。
彼は、小さく溜息をつき、仕方ないといった風で、懐にあった扇を開き、パッと空中に投げたかと思うと、その扇の開いた形が立派な羽根となり、要の部分が雄々しき鷹の胴体となり、大人が手を広げた位の大きな立派な鷹となり、頭上を高く低く旋回しては、急上昇し、急降下を繰り返し、周りのカラスや、トンビ、鳩などは一目散に散り散りに逃げていき、空には雲一つない青空と、扇の鷹だけがあった。
私は、いつしか、鷹を見ず、大空を見上げている扇の鷹を放った、まだ少年のあどけなさが残った彼を見ていた。
鷹の扇を、自分の手元に戻し、間違いなく扇であることを示すため、もう一度扇を開いてこちらに見せた。
こちらがジッと見ていた事が、彼にバレるのが恥ずかしく、また何故だか悔しい思いがあって。
ぶっきらぼうに、退出を命じた、その時の彼の悲しそうな瞳が一瞬垣間見えた。
その一瞬に私の心の奥底に棘みたいな物がチクリと刺さった。
後日、彼の館に用事にかこつけて、謝りに行く事にした。
数人の侍女をお供に。
用事は何でもよかった。
父上に無理を言って、扇を買ってもらいこの前の術が見事だったから、殿からの賜わりものだとか何とか言って。
その時は、我ながら、良い考えだと、内心ほくそ笑んで意気揚々と出発した。
目を通していただき、誠にありがとうございます。二話もよろしくお付き合いください。




