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《影の監察者》記録:第二事案《木馬の祝祭》

祭壇の火は、青白く燃えていた。

火と呼ぶには奇妙すぎる“熱を感じない炎”が、石の台座で静かに揺らいでいる。


その周囲に集う仮面の信徒たち──総勢二十名近く。

全員が同じ木製の仮面をつけ、白い儀式服に身を包み、ひとりとして声を発しない。

それはまるで、操り人形の集会だった。


(……本当に、宗教の“皮”を被った異常集団だな)


カイルは、その一団の中に紛れ込んでいた。

仮面の裏で額に汗を浮かべながら、動きを真似る。少しでもずれれば即座に不審視される。


彼の目の前では、ひときわ異質な存在が立っていた。

導師アステール──この“木馬の祭壇”の精神的中核であり、儀式の導き手。


アステールは顔の下半分を覆い、首元に儀式印《印輪いんりん》をつけていた。

彼の声は、まるで湿った木を削るような低音で、儀式空間に響いていた。


「我らは手を結ぶ……“木馬”に選ばれし器を、我らの内に迎える……」


祭壇の周囲で信徒たちが一斉に座し、額を地に伏せる。

カイルもそれに倣う。だが、その瞬間──


ふと、隣にいた女性の動きが遅れた。

信徒“ラフィナ”。接触から数日、カイルが唯一表情を知る人物。


(……様子がおかしい?)


儀式が始まる前、ラフィナは彼に囁いていた。


「あの人たち、誰かを“変えよう”としてるの。声が、心に刺さるの……」


彼女は“協力者”ではない。ただ、まだ完全に洗脳されていないだけの市民。

そんな彼女が、儀式の中心に立たされようとしている。


「新たな“胎動”に、祝福を──」


導師が言うと、祭壇の脇から二人の信徒が、重たそうな木箱を引きずってきた。

中から漏れる、かすかな呻き声。


(……人が入ってる?)


見えたのは、王都の紋章を刻んだ制服の一部。

(まさか、失踪した官吏……!)


本来なら、ここで退避判断を下すべきだった。

証拠の記録は十分取れている。戦闘を避ける命令も、頭では理解していた。


だが、カイルの足は前に出た。


「やめろ。そいつは“器”じゃない──ただの人間だ」


その瞬間、周囲の信徒たちが一斉に顔を向けた。

仮面越しにも、何かが“揃っている”のがわかる。全員が、同じ“思考”で動いている。


「……反応、確認」

導師アステールの声が、急に冷たくなった。


「内部汚染。選別不良。排除開始」


その言葉を皮切りに、信徒たちが手にした短剣を一斉に構えた。


(まずい……!)


カイルは左手の掌で小型符を引き裂いた。


「《幻歩符──型弐》!」


爆風と共に視界が歪み、数秒の“不可視”が得られる。

その隙に、木箱の中の官吏を引きずり出し、背負う。


逃げ場は、火の後方──裏手の階段しかない。


だが、そこにラフィナが立っていた。


仮面を外し、怯えた目で彼を見ている。


「ラフィナ、逃げろ! お前は……!」


「わかってる。でも、あなたは──本当に、彼らとは違うのね」


ラフィナが手にしていた儀式灯を、後ろへ放った。

儀式火が炎上し、数秒の混乱が生まれる。


「──ありがとう」


その言葉だけ残し、カイルは官吏を背に担いだまま、階段を駆け下りた。


後ろから、導師アステールの声が追ってくる。


「第239番……“影”は我らを見つめる。ならばいずれ、“中から”裂けようぞ」


カイルはその不気味な声を無視し、ただ走った。


──記録の大半は、儀式火の混乱で焼失。

導師の姿も、最後まで撮影符には映らなかった。


それでも、王都官吏の救出と教団構成の断片的情報は確保され、任務は“準成功”扱いとなった。


クロウは報告書を閉じ、肩をすくめた。


「お前、本当に《監察者》やるつもりか? 正義感で動いたら、すぐ死ぬぞ」


「……けど、放っておいたら、その人が死んでた」


「だから言ってんだ。向いてない」


それでも、カイルは答えた。


「だったら、“向いてない”なりにできること、全部やります」


クロウはふっと、笑うように鼻を鳴らした。


「……ならせいぜい、“影”に呑まれんなよ」


──その言葉が、しばらくカイルの耳に残っていた。



この任務から《木馬の祭壇》は継続監視対象となり、後の大規模作戦へと繋がっていく構想も可能です。ご希望があれば、ラフィナの再登場やアステールの正体なども展開可能です。

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