7.お母様との日々7
イデア一人で掃除をするとしても、この離れの屋敷は城に比べると小さいというだけで、実際はなん十部屋もある豪邸だ。
イデアは毎日掃除するのは母の部屋に絞ることにした。あまり家事に時間をとられている様子を母に見せたくはなかった。家事は簡単にできるものだということにしておかないと、母は心配するだろう。
案の定私もやると言い出して止めるのが大変だった。イデアは母に療養に専念してほしいのだ。
「ごめんね、イデア……」
落ち込む母にイデアは笑う。そんな言葉より欲しい言葉がイデアにはあった。
「違うよ、謝らないで。私はやりたくてやってるの。お母様に笑ってほしくて。だから悪いことみたいに言わないで」
母は涙ながらに言った。
「ありがとう。イデア」
イデアは満面の笑みで返す。謝罪よりもお礼を言われる方が気持ちがいい。それにごめんねと言われるたびに、前世の母のように精神が追い詰められていっているのではと不安になるのだ。
「お母様、今日はコーンのスープにサラダにリゾットだよ。毎日リゾットとかパスタでごめんね。パンの作り方はわからなくって……」
母のベッドの上に備え付けのテーブルを出し、イデアがベッドに座って一緒に食事をとる。それが最近のいつものスタイルだ。
この世界ではパンが主食なのだが、前世でパンを作ったことがイデアには無かった。そもそも安いので、作る必要が無かったのだ。
そもそもそれ以外の料理の作り方を知っているのもおかしいのだが、母はなぜか見て見ぬふりをしてくれている。
「リゾットはパンより食べやすくて、私は好きよ。イデアもお米の方が好きでしょう?」
いつの間にか見抜かれていた好物に、イデアは目を見開いた。やっぱり日本人はお米だなとイデアは思っている。惜しむらくはこの世界のお米は前世で言うタイ米に近いことだろう。炊くとパサパサしているというか何かが違うと感じる。
だから作るのはおかゆやリゾットが多いのだ。
「私だってね、イデアとずっと一緒にいたいの……イデアの成長を少しも見逃さずにいたい。お父様がお仕事から戻ったら、真っ先にお知らせしないといけないものね」
母はイデアを撫でながら笑う。父はもう帰ってこないのだと、イデアは母には言えなかった。
「ふふ、イデアはお父様を信じてないのね。私は信じているの、きっと無事に帰って、私たちを助けてくれるって」
そう言って笑う母の笑顔は、どこまでも澄み切っていて綺麗で、イデアは母の顔を見ることができなくなってしまった。
さて今日もイデアは食糧庫に忍び込んで、食材を持って帰ろうとした。
一通りの食材を集め終わった頃、突然食糧庫の扉が音をたてて開いた。イデアは驚いて木箱の陰に隠れる。そっと覗くと、やってきたのはイデアとも面識のある城のシェフだ。
食事の後シェフに感想を言うと、しだいにイデア好みの味付けになるように調整してくれるようになった。イデアからしてみればとても優しいシェフだった。
しかし今はどうかわからない。イデアは必死に木箱の陰に隠れる。だがシェフは食糧庫の奥までやってきてついにイデアと目が合った。
「なんだ、猫か」
シェフは目を細めると、そう言った。驚くイデアを尻目に、シェフは手近な木箱に座ると酒が入っているであろう瓶を傾けた。
「近頃食材の減り具合がおかしくてな、気になって見に来たんだよ。そうか、やっぱり料理を食べていたのは姫様と奥様じゃなかったか」
シェフの言葉をイデアはうまく呑み込めなかった。
「どういう……」
「俺は毎日奥様と姫様の料理を作っている。それが最近えらく汚く食い散らかされて返ってくるようになってな。……お二人ともお綺麗に食べられる方だ。城の中もきな臭いし何かがおかしいと思っていた」
イデアはこの人はイデアたちへのいじめに加担していなかったのだと気が付いた。城の中の全てが敵ではないのだと知って、イデアの目に涙が浮かぶ。
「明日から、毎日ここに簡単な食事を置いておく。ばれない様に屋敷まで運べよ。俺にも家族が居るんだ、首になったら困る……悪いな、こんなことしかしてやれなくて」
シェフが痛まし気に目を細めるので、イデアは何度も首を横に振った。
「あり、がとうございます。お城の中に、味方になってくれる人なんて誰も居ないと思ってたから、嬉しいです」
イデアが籠を持って走りだすと、シェフは小さく手を振ってくれた。
「はぁ……よりにもよってミラメアの姫すら冷遇するなんて、この国はどうなっちなちまうのかね……」
シェフは一気に残りの酒をあおぐと走り去るイデアの後姿を眺めた。