69.エピローグ
それから半年の月日が経った。潜伏先の孤児院で見つかった他の関係者の情報をもとに、邪術の研究施設を全て潰していった。逃げられないよう迅速に他の拠点を潰すため、ルーラとエヴェレットを置いてイデアだけ父の馬に相乗りして同行していたのですっかり父とのわだかまりは無くなった。他の拠点でも、精霊に力を与えるだけではなく直接邪気の浄化もできるようになったので、アゲハがいなくてもなんとかうまくやれていた。
すべて片付いてさて帝都に帰ろうという時、伯母にミラメアに来るように言われたので、イデアと父はアドニスさんと一緒にまたクリーズメイに戻った。
国境の側で待っていた伯母の案内で。入国審査を受けることも無くミラメアに入国した瞬間だった。突然水に引きずりこまれるような感覚がして、二度目の感覚に目を開けるとやはり清く澄んだ水の中に居た。横を向くと父も引きずりこまれていて、目を白黒させている。父のこんな慌てた顔は滅多にみられないと、イデアが笑っていると、大丈夫なことに気がついたのだろう父がいつもの冷静な顔に戻った。
忘れていたが、ミラメアは国そのものが丸々精霊王の聖域なのだ。前は教会でしか起こらなかった現象が、国に入ったとたんに起きても不思議ではない。
『使命を果たしたね。愛しい子』
水の中に溶けるように、精霊王の声が聞こえる。
『邪術の研究結果はすべて焼却され、研究者たちはみな死罪となった。これでまたしばらくこの世界の平和が守られるだろう。あとは私と君のつながりを断って、ご褒美をあげたら完了だ』
精霊王が予期せぬことを言ったので、イデアは首を傾げる。
「ご褒美ですか?」
くすくすと楽しそうに笑う声が聞こえて困っていると、きゃんと犬の鳴く声が聞こえた。振り返ると、そこにはアゲハがいてイデアは短く息を吸い込む。
「アゲハ……?」
問いかけても、アゲハはトコトコとイデアの元に歩いてくるだけで言葉を返してはくれない。
『この子は喋れないよ。他の精霊が運んでくれたアゲハの残滓を繋ぎ合わせたんだけど、言語を操れるだけの知能は与えられなかったんだ』
イデアにはよくわからなかったが、この子はアゲハで間違いないのだろう。目頭に熱いものがこみあげてきたが我慢して、アゲハを抱きしめる。
「ありがとうございます。精霊王様」
『どういたしまして。後はそう、エルを連れて行ってもかまわないよ』
その声が聞こえたとたん、父の前に胸に抱えられるくらいの鏡が出現した。父が反射で掴もうとするが、実体のないものだったようで鏡はぷかぷか浮いている。
その鏡の中に母の姿を見つけて、とうとうイデアの目から涙が一筋流れ落ちた。
「お母様!」
鏡の中の母は優しく微笑んでいる。会話することは叶わないが、イデアは母に向かって手を伸ばした。鏡が水滴のようにはじけ、小さな精霊サイズになった母がイデアの手を取る。父は再会を邪魔しないように優しく微笑んで見守ってくれていた。
『じゃあね。愛しい子。幸せになるんだよ』
精霊王は言いたいことだけ言って会話を終わらせた。やはり人じゃないからか、とても自由だ。イデアたちが目を覚ますと、そこはミラメアの宿屋だった。
アゲハを抱いた伯母と精霊になった小さな母がイデアの顔を覗き込んでいた。隣で寝かされていた父も目を覚まして母を見る。イデアは全てが終わったのだと思い、気が抜けてしまった。
「また妹に会えてよかった。あなた達はこれからどうするの?」
伯母の質問に父がイデアの顔を見る。父はこれまで通り騎士としてやっていくつもりだろう。というか次期帝王となる予定である叔父にまだ子供がいない為、その兄である父は城に残るしかない。そうしないと叔父に何かあった時に困ってしまう。
決めなければならないのはイデアだ。イデアは城での暮らしに執着はないが、帝国の姫であることを隠して鏡屋に居続けるのは無理だろう。
悩むイデアに父は言った。
「城で暮らしても、お忍びで遊びに行けばいい」
いいのだろうかと、イデアは父を見つめる。父は優しく笑っていた。部屋の隅に居たアドニスさんが護衛は自分がやりますよと言ってくれたので、イデアは甘えることにした。
イデアの身分を明かしても、鏡屋のみんなもエヴェレットもルーラも態度を変えなかった。イデアは姫として城で暮らしながら、頻繁に帝都に遊びに行く。
万華鏡が国内ばかりでなく国外でも流行し、鏡屋は繁盛した。鏡屋に行くたびに、職人として就職したルーラや銀水晶を納品しているエヴェレットとも会える。
やがて年頃になったイデアに他国から求婚状が殺到し、父と鏡屋のメンバーがイデアを側に置いておくためにエヴェレットを焚きつけたりするのだが、それはまた別の話である。




