68.最後の戦い
イデアが伯父たちに追いついたころには彼らは森の中で戦っていた。
伯父は攻撃が当たりそうになるたび腕の中にいる子供を盾にしていて、父は戦いにくそうにしていた。
本当なら父とアドニスさんの身体能力で簡単に制圧できるのだろうが、伯父の持っているナイフを警戒しているようだった。伯父はそれがわかっていて、わざと子供に禍々しい色のナイフを突きつけている。
「お父様!」
イデアは叫んだ。その瞬間伯父の顔がイデアの方へに向けられる。
「マヤ……そうか、お前はゼイビアか!」
伯父は父を見てにやりと笑った。魔物化していたから、父だとわかっていなかったのだろう。
「あははははははは、無様な姿だな、ゼイビア。お前が邪の森から銀の角とリリーシュへの手紙を送ってくるたび、笑いが止まらなかったよ。お前が命がけで手に入れた銀の角は、俺が有効活用させてもらった。馬鹿だなあ、お前は」
ああそういうことだったのかと、イデアは理解した。伯父がすべて握りつぶしていたのだ。どうして、こんな最低な伯父の言葉を信じてしまったのか。前世の父と今世の父が同じだと決めつけて、母の言葉を信じなかった。
そして同時に理解した。伯父のせいで、母は死んだのだと。
イデアがこぶしを握り締めたその時、伯父は突然腕の中に居た子供をアドニスさんに向かって投げ捨てると、イデアの方に走ってきた。
「イデア!」
横目に父が走ってくるのが見える。しかし、伯父の方が早い。
刺される。そう思って足を引いたイデアの前に飛び出したのはアゲハだった。
『させない!』
伯父の振り上げたナイフがアゲハに突き刺さる。途端に、周囲はまばゆい光に包まれた。イデアが精霊王の力を使う時と同じ光だ。
光が止んだ時、アゲハの姿は消えていた。
「なぜ……」
イデアの目の前で、ナイフを落とした伯父が茫然としている。ナイフの刀身は先ほどまでとは違い、銀色になっている。禍々しい気配も消えていた。
走ってきた父が、伯父を地面に押さえつけ拘束している。
「何故だ! あと少しで、転移できるだけの血が集まるところだったのに!」
伯父が父に押さえつけられながらわめいている。精霊の檻は邪術の文様を彫り、いけにえの血を吸わせることで精霊を閉じ込める術式が完成するというものだった。このナイフは文様を彫り、いけにえの血を吸わせることで空間転移の術式が発動するものだったのだろう。きっと追手が迫った時のために作っていたものだ。
イデアはそのことに気がつくと同時に悟った。アゲハは精霊王から力をもらって実体を作っていたが、一応精霊の眷属だ。ナイフの色が変わったのは、アゲハが与えられた力の全てを使ってナイフに蓄えられた邪気を浄化したからだろう。
アゲハはイデアを守り、伯父を逃がさないためにその存在の全てを使ったのだ。
「大丈夫か? イデア」
伯父を拘束した父が、うつむいたイデアの顔を覗き込む。イデアの頬には涙が伝っていた。
「怖かったな……もう大丈夫だ」
父の顔を見たら、イデアの中に色々な感情がこみあげてきた」
「アゲハが……死んじゃったの……ごめんなさい……お父様。私役に立てなくて、ごめんなさい。お父様のこと、信じてなくて。私……お母様のことも、アゲハのことも守れなくて……」
泣きじゃくるイデアの言葉にゼイビアは茫然とする。
「どうして……」
「だって、指切り……知ってたもん」
約束の時に小指を差し出すのは、父と母だけだ。イデアが昔前世の癖で間違ってそうしてから、家族だけの約束になった。
「すまなかった、イデア。お前は何も悪くない。守れなかったのは俺の方だ」
父に抱きしめられて、イデアはそのまま大泣きした。色々な感情が、頭の中を駆け巡って自制が効かない。
やっと周りが見えるようになった頃には、イデアは父の腕に抱き上げられて、天幕の中に居た。
「お父様……」
「落ち着いたか? 今あのナイフも含め、孤児院の中にあった邪術の文様が刻まれたものを破壊してもらっている。邪術の研究結果も焼却するよう言ってある。不幸中の幸いだが、潜伏中に大勢のいけにえを用意することはできなかったんだろう。邪気のこもったものはあのナイフしかなかった。ただ少数だが邪気に当てられて弱っている精霊がいてな……動けるなら力を貸してほしい」
イデアは慌てて父の膝の上から飛び降りた。小さな子供のようなことをしてしまったと反省する。父が差し出してきた冷たい濡れタオルで顔を拭うと、目を赤くはらしたまま精霊たちに精霊王の力を分け与えた。




