67.大捕物
イデアが孤児院の前に着いた時には、もう作戦は始まっていた。当然ビィさん――父も孤児院に突入していた。
伯母に言われるまま、イデアは自分とエヴェレットとルーラの気配を隠す。アゲハはすでに自分で術をかけていた。
「大丈夫か、イデア」
突然泣き出したイデアを心配してエヴェレットとルーラが顔を覗き込むが、イデアは今は何も言える気がしなかった。
「大丈夫だよ。今はこっちに集中しなきゃ」
無理やり孤児院の方を向いて作戦の成功を祈る。中からは時折犯人の一味を拘束した騎士が出てくるものの、打ち合いの音などは聞こえてこない。不気味なほど静かだ。
「隠された地下室がありました。見張りを除いたほとんどが地下にいるようです」
途中伯母にミラメアの兵が報告しているのが聞こえた。
イデアは思わず拘束された犯人たちが集められているところを見る。十人はゆうに超えていた。
「地下室、かなり広そうだけど普通孤児院にはそんなものないよね」
地下室を作るには一度地面を大きく掘らなければならない。この世界の建築技術ではそんなことしたらお金が大量に必要になる。
「孤児院って領主が作るものだよな……あんま考えたくないな」
ミラメアとの国境であるクリーズメイをおさめる領主は王家が信頼している人物のはずだ。でもイデアはよく知らないが、伯父が帝王代理になってからは大規模な人事変更があったらしい。
「こちらの領主はフランクがすげ替えましたが、カーク殿下が元に戻しました。今の領主はきっとこのことを知らないでしょう」
こちらの話を聞いていたのだろう、イデアたちの疑問に答えた伯母はじっと孤児院の方を見ている。
その顔は険しく、イデアは不安になった。
何十分経っただろう。孤児院の中からは続々と犯人たちが拘束されて広場に出されている。イデアはその中に見知った顔を見つけた。
「あ……」
声を出したせいで術をかけていても目が合ってしまった。ちょうど兵に拘束されて出てきた男はイデアを見て目を見開いた。
「マヤ姫……なぜ、なぜお前がここに居る! お前のせいで! 俺たちは城から逃亡する羽目になったんだ!」
拘束されたまま暴れるその男は伯父の家庭教師だった男だ。エヴェレットとルーラがイデアの前に出ていつでも攻撃できるようにする。
この男が伯父に洗脳まがいの教育をしていた疑いがあると聞いている。イデアを逆恨みしているらしいこの男は、犯人たちの中でも地位が高いようで地下の奥に逃げ込んでいたのだそうだ。
男はあまりにうるさいので兵に口をふさがれた。お前さえいなければとイデアに向かって言っていたが、イデアからしてもそれは同じことだ。こいつさえいなければ、母は死ななかったかもしれないと思ってしまう。
「イデア?」
まだ男の言葉の意味がよくわかっていないのだろう。ルーラが心配そうにイデアを見ている。
この大捕り物が終わったらルーラとエヴェレットと、鏡屋のみんなにはイデアの正体をちゃんと話した方がいいだろう。
イデアが静かに心に決めた時、孤児院の方が騒がしくなった。
「待て!」
孤児院の入り口を眺めていると、黒のローブを着た人間が飛び出してきた。その男は手に子供を抱えている。子供は異様に細く、ぐったりとしていて生気が感じられないが、まだ生きているようだ。
子供にナイフを突きつけて周囲を見回すこの男は、よく見たらフランクだ。それを見て、広場に居た兵も腰にはいていた剣を抜いた。
『イデア、あのナイフ危険だわ』
腕の中のアゲハにそう言われてナイフを見ると、邪術が施された鏡とよく似た文様が彫られていた。刀身は全体的に赤黒くて、気持ちが悪い。
フランクは森の方へ逃げてゆく。その後ろを孤児院から出てきた父とアドニスさんが追いかけた。
イデアは突然背筋が凍るような悪寒に襲われた。行かなくちゃ。そんな衝動にかられる。
イデアは前に居たルーラとエヴェレットを押しのけて、父の後を追った。背後ではイデアの後を追おうとしたエヴェレットとルーラが伯母に止められていたのだが、その時のイデアは必死で、気がついていなかった。




