63.後悔
「兄上……フランクの行方は?」
「はい、今朝宿を出てクリーズメイに向かったようです」
宿に泊まって二日たった頃、ゼイビアはフランクを尾行していた騎士から結果を告げられる。
「今も追跡中ですから、クリーズメイでの潜伏先は明日にもわかるかと」
この街からは二方向にしか道がない。クリーズメイ方面へ向かったというなら行きつく先はそこだけだ。
ゼイビアは帝都で弟のカークと交わした会話を思い出していた。
「フランクと一緒にいなくなったのは、フランクの教育係だった男の内の一人です。長年王家に仕えてきた家の者で、父上の教育係の息子ですからまさかこんな形で王家を裏切るとは……」
カークが額を押さえながら報告してくれた内容で、ゼイビアは察した。フランクは幼い頃から教育係に洗脳されていたのだろう。精霊を憎むように、精霊と共存するのではなく支配することが正しいと思い込むように。
フランクがそう思い込むための下地はあった。恐らくはゼイビアの存在だ。精霊の祝福持ちでギフトも持っている。精霊に嫌われていたフランクとは正反対で華々しい活躍をしていた。さらにミラメアの姫と結婚したことで、他国からも称賛されたゼイビアをフランクはずっと憎んでいたのだ。
本当はもっとゆっくり計画を進めるはずだったに違いない。しかしミラメアの横やりでそれは叶わなくなった。
王子としての権限をすべて失い、指名手配犯となった今フランクはどうするつもりなのだろう。考えるだけで怖ろしい。
複雑な顔をしたゼイビアに、カークが言う。
「兄上が気にすることではありません。仮に洗脳じみた教育を受けていたとしても、教育係は三人おりました。しっかりと正道を説いて下さる方が近くにいたのに、その言葉を拒絶したのはフランク自身です」
確かにその通りなのだが、ゼイビアの心中は複雑だった。なにせ表向きフランクはゼイビアにとっていい兄だったからだ。その奥に潜ませた憎悪と嫌悪に、ゼイビアは取り返しのつかなくなるまで気がつかなかった。
明日には部下がフランクの潜伏先を特定するだろう。ゼイビアは宿の暗がりの中、鏡を取り出した。鏡に浮かび上がったのは、愛しい妻の姿だ。ゼイビアが鏡を覗き込むと、精霊王の力を借りてなのかエルが姿を見せてくれるときがある。
「エル……」
精霊は話せない。それでも鏡越しのエルは、心配げにゼイビアを見ていた。
「フランクのしたことは許せない。だがまだ現実感がないんだ。君を殺した憎い男だが、俺にとっては尊敬する兄でもあった」
思わず口から出た言葉に、エルは案ずるような視線を向けた。
「どうしてこんなことになってしまったのだろうな……」
過去を悔やんでもしょうがない。どれだけ後悔しても決してやり直せはしないのだから。




