62.伯父のこと
「今日はこの街で追跡している騎士からの報告を待とう。危ないから宿の外には出るな」
行商を切り上げて宿屋に戻ると、ビィさんが私たちに告げた。ルーラだけは少し不満そうにしている。
「そんなに危ない奴だったんですか?」
「……奴は前帝王代理、フランク・レイ・トツカだ。何人もの人間を犠牲にし、城から姿を消した」
「あのフランク王子ですか⁉ なんでこんなところに?」
伯父のことはもちろんルーラでも知っている。彼が帝王代理となってからは、増税で民は生活水準を落とさなければ生きていけなくなってしまったのだから。
今は帝王が元気になったので税は元に戻ったが、伯父の悪政の痕はいたるところに残っている。
それにしても、伯父は外面だけはとてもいい人物だったはずだ。しかし先ほど見た伯父はまるでルーラをさげすむように見ていた。城を出て取り繕うことをやめたらしい。伯父に何があったのかイデアは少し気になった。
「フランク王子は邪術を使う集団と関係があるんですか?」
イデアはその辺りはあまり詳しく知らない。ただ城を出ていくときに何かしらの邪術を使ったようだとだけ聞いていた。
「ああ、関係があるのはほぼ間違いない。時期もあっているし、あれだけ派手に邪術のようなものを使って城から脱出したんだ。それにソーア村の記録に改ざんの跡があった。ソーア村での邪術の研究を誰にも悟らせないようにしたかったのだろう」
イデアが伯父と最後に話したのは二年前、使用人たちの交代を伯父に願おうとした時だ。その時には伯父はもう邪術の研究に力を貸していたのだと思うとぞっとする。
伯父の豹変を目の当たりにした時のことを思い出していると、伯父の言葉がイデアの心を再び抉った。――お前の父親だがな。別に女ができたらしい。
この言葉はイデアの心に大きな穴をあけた。前世の父親と同じ、最期の最期まで父を信じていた母を父は裏切った。母に直接ひどい言葉を投げかけた前世の父とは違い、今世の父は何の連絡もよこさなかったが、どちらも同罪だとイデアは思ってしまう。
「どうした? イデア。顔色が悪いぞ」
エヴェレットが心配そうにイデアの顔を覗き込んで、額に手を当てた。熱がないか確かめるようなそのしぐさに、イデアは少し安心した。
「大丈夫。ちょっと怖いなって思っただけ」
笑顔を作ってそう言ったが、エヴェレットはまだ心配そうにしている。
「邪術関連ならいずれイデアが動かなければならないですよね? 俺、しばらくイデアのそばからはなれないようにします」
エヴェレットがビィさんに宣言すると、ビィさんは頷いた。
「そうしてくれ。向こうが精霊の愛し子の情報を手に入れている可能性もあるからな。念には念を入れておいた方がいい」
「私もイデアのそばに居る。アドニスさん、弓を借りてもいいですか?」
ルーラも乗り気でイデアの隣にやってきた。二人に触発されたのか、アゲハがイデアの腕の中できゃんと高く吠える。
『大丈夫よ、イデアならきっと愛し子の使命を果たすことができるわ!』
イデアは温かい言葉に嬉しくなって、ありがとうと笑った。
しかし騎士たちがフランク王子の情報を持ってくるまでは何もできない。イデアたちはそれから三日ほど宿に滞在することになった。
そしてやっと騎士が情報を持ち帰った時、全員はクリーズメイを向かうことになったのだった。




