61.邂逅
それから数日。ルーラがアドニスさんに弓を習いながら移動していた。その間エヴェレットもビィさんに剣を習っていたため、必然的にイデアは炊事担当になった。
「やっぱり私も何か習うべきかなぁ?」
イデアが考え込んでいると、アゲハがイデアの足に前足を乗せて励ますように言った。
『気配の消し方を覚えるのはどうかしら。 今のイデアなら惑わしの術も使えるはずよ』
過去にアゲハが使っていた技だ。使えるのなら覚えたいとイデアはアゲハに教わることにした。
アゲハがやっているのをよく見て、力の流れを感じ取る。イデアは息を深く吸って集中していた。すると、突然カチッとピースがハマるような手ごたえを感じた。
「できた!」
イデアは嬉しくなってアゲハを高くかかげてくるくる回る。
「イデア⁉」
喜んで回っていると、血相を変えたビィさんがイデアの元へ走ってきた。いったい何事だろうとイデアは目を見開いてビィさんを見る。
「怪我は? 何があった? 突然気配が消えたから驚いたぞ」
どうやらイデアの気配が急に消えたので、攫われでもしたのではと心配してくれたらしい。まさかビィさんがエヴェレットに剣を教えながらイデアの方まで警戒してくれていたとは思わなかったイデアは驚いた。
「ごめんなさい。気配を消す練習をしてたんです」
そう言うとビィさんは無事で良かったとため息をついてエヴェレットの元に戻っていった。
イデアは瞬く間に気配を消す術を完全に身につけた。ルーラも静止した的に当てられるくらいには弓が上達していて、嬉しそうにはしゃいでいる。
方向性は違うが二人とも身を守る術を身につけたことで、少しは安心して旅ができる。
今一行は帝都から二つ目の街に来ていた。クリーズメイまであと少しだ。
「よし、商売の許可証をもらってきたぞ。また売りながら情報を集めよう」
エヴェレットが貰ってきてくれた許可証を敷物の隅に置いて、万華鏡を売る準備を始める。
「俺はいつも通り冒険者ギルドで聞き込みしてくるな」
今回の旅ではエヴェレットだけ別行動だ。アドニスさんとビィさんは魔物化しているため聞き込みには向かないことが明らかになったからだ。魔物化した人間は刑期を終えた罪人である可能性があるためどうしても距離を置かれてしまう。
だからイデアとルーラで万華鏡を販売して、その後ろで二人が護衛として目を光らせるという形になった。
「帝都で人気の新しい形の守り鏡です! おひとついかがですかー!」
十歳の子供二人が声を張り上げていると目立つ。子供のしかも女の子の行商は珍しいからだ。みな驚いたようにイデアたちを見て、後ろのアドニスさんたちに気がついてさらに驚く。それでも帝都で人気の新しい守り鏡といううたい文句に恐る恐る足を運んでくれる客が多く居た。
「ルーラ、もうひと箱新しいの開けるね。店番よろしく」
並べている在庫が少なくなったので、後ろに止めていた荷馬車から商品を取ってくるとルーラに言ってその場を離れたイデアは、その直後聞こえてきた声に背筋が凍り付いた。
「これが守り鏡だと? ふざけているのか?」
「ふざけてないです。穴の中を覗いてみてください。ちゃんと鏡ですから」
イデアは荷馬車の陰からルーラと言い合いをしている人の顔を覗き込む。黒い外套を羽織っていたが、顔はよく見えた。間違いなく、伯父のフランクである。イデアは荒くなる呼吸を無理やり落ち着けて、ゆっくりと気配を消した。
伯父はイデアの顔を知っている。城から逃げ出したことで今指名手配中の伯父だ。顔を合わせたらどうなるかわからない。
「こんな物でも研究の役に立つかもしれん。おい、一つ買っておけ」
伯父が後ろにいたもう一人の人物に声をかけると、その人物がお金を払って万華鏡を一つ購入した。
伯父が去ってゆくと、イデアは息を深く吐き出す。この街ではもうあまり出歩かない方がいいかもしれない。
「ルーラ、さっきの男は指名手配犯だ。クリーズメイの異変にも深く関わっている可能性がある。今日はもう片付けるぞ」
ルーラの後ろにいたビィさんがどこかに向かって指でなにかを指した後、ルーラに声をかけた。どうやらビィさんとアドニスさんは伯父の顔を知っていたようだ。伯父がビィさんとアドニスさんの顔を知らなかったことは幸運だった。
恐らくイデアの知らないところで騎士を護衛に付けていたのだろう。その人たちが伯父を追いかけたようだ。
「大丈夫か? イデア。もう撤収しよう」
ビィさんがイデアの頭を撫でて片付けるように促す。ビィさんがどういった意味で大丈夫かと声をかけたのか。動揺していたイデアにはわからなかった。




