59.休息
手紙を託した次の日、ビィさんとアドニスさんはすぐにやってきた。
イデアは会って早々ビィさんに頭を撫でられて驚く。ビィさんは表情が乏しいが、子供が好きなのかもしれない。
「精霊王から託宣を賜ったと聞いたが、体は大丈夫か?」
「はい、なんともないです」
「そうか……今後祈るときは気を付けるといい」
「はい、ありがとうございます」
ここには鏡屋の男衆とエヴェレット、ルーラが居る。アゲハは相変わらずイデアの腕に抱かれているが、静かにしていた。
「クリーズメイに起こっている異変って何なのですか?」
アランさんが挨拶もそこそこにビィさんに問いかけた。
「結論から言うとわからない。あそこはミラメアとの国境だ。監理も厳重なはずなのだが目立った異常の報告はないな。今詳しく調べさせているところだ」
ビィさんの言葉にみんな肩を落とす。精霊王に言われたからにはとりあえず行ってみるしか無さそうだ。
「じゃあまた行商だね! 楽しみ!」
ルーラはのんきに足をぶらぶらさせて嬉しそうだ。イデアはあまり重い空気が得意ではないので、ルーラのこの態度にはいつも救われている。
ルーラの同行に関してはイデアと同性の友達だからという理由で誰も文句を言わなかったが、今回はエヴェレットではなくアランさんとロランさんが行くべきだとまた喧嘩になった。
「……とりあえず調査結果を待つ必要もあるし、出発は一週間後にする。それまでに決めてくれ」
ビィさんとアドニスさんは同行者は誰でもいいらしく、呆れて途中で帰ってしまった。
イデアとしては歳も近いし打ち解けているので同行者はエヴェレットがいいなと思っている。アランさんとロランさんはイデアを甘やかしにかかるのでその過干渉ぶりが少し苦手だった。悪い意味ではなく、あまり猫かわいがりされたことが無いので慣れないのである。
論争の末、今回もエヴェレットが同行者を勝ち取った。単純にドンおじいさんがアランさんとロランさんにやってほしいことがあると言ったためだ。それにエヴェレットがまた騎士であるビィさんに剣を習いたいようで、今回は引かなかった。
「エヴェレット、お前が行くんなら出発までに銀水晶の在庫を増やせよ。イデアも行ってこい。ルーラは万華鏡の製作を手伝え」
ドンおじいさんの一言は重い。イデアとエヴェレットは出発まで銀水晶狩りに忙殺されることになりそうだ。
さて翌日になって、イデアとエヴェレットは銀水晶狩りに来ていた。アゲハに新しい鉱脈を探してもらって、採掘に入る。
エヴェレットは炎をまとわせた剣で軽々銀水晶を採っている。イデアは相変わらずピッケルで時間をかけて砕いているが、なんだか今日は銀水晶の様子がいつもと違うように感じられた。
「ねえ、アゲハ。なんか銀水晶がおかしいように感じるの。なんでかな?」
『あら、もしかして力の流れを感じ取れるようになったんじゃない?……精霊王の力を使ってみたら?』
「……どういうこと? 精霊王の力で何かできるの?」
イデアは目を凝らして力の流れを感じ取ろうとする。すると確かに銀水晶に流れている精霊王の力が感じ取れた。銀水晶は地面に深く根を張っている。
イデアがさらにじっと銀水晶を見つめていると、だんだん何をすればいいのかわかってきた。銀水晶に手を当て、精霊王の力を込めながら引き抜く。
「きゃあああああ」
途端に銀水晶が根元から抜けてイデアは勢いのまますっころんだ。
「どうした!?」
イデアの悲鳴にエヴェレットがとんできたが、その状況を見て茫然としている。
「どうしよう、エヴェレット。抜けちゃったよ、銀水晶……」
エヴェレットに言ってもどうにもならないが、イデアは涙目になって助けを求めた。
「マジか……銀水晶の根とか初めて見た……とりあえず持って帰ってドンさんに相談しよう」
「うん、そうしよう。……もっと抜いたほうがいいかな?」
「あー、抜けるなら10本くらい抜いとくか……誰にも見られないように持って帰らないとな」
銀水晶の根は高級品だ。特別力を持っているうえに個人が持つ採掘に適したギフトが無いと採掘できないからだ。
結局持って帰った銀水晶の根は、城に秘密裏に献上されることになった。地下の鏡の間が使い物にならなくなっていた城では大変喜ばれたそうだが、イデアの価値が跳ねあがったため護衛の増員がされることになった。
そしてイデアは帝都にいる間、銀水晶狩りに勤しむことになるのであった。




