56.帰還
帰りがてら万華鏡を売っていると、帝都近くの町ではすでに万華鏡が話題になっているのだということを知った。元々の知名度が高いからか万華鏡は飛ぶように売れた。
「すごいね! もっと在庫持ってくればよかった!」
すっからかんになった荷台に、イデアはルーラと二人で手をつなぎあって喜ぶ。
実は途中でソーア村に行く騎士達とすれ違った時にアドニスさんとビィさんが状況報告をしたため、旅程が一日延びたのだ。その分時間に余裕ができて、二人は観光を満喫していた。
そして帝都に帰ると、鏡屋一家に大げさに出迎えられた。一日遅くなったので心配されていたようだ。
「今回の旅は終わりだが、また精霊の檻が見つかればイデアに同行を頼むことになる。いつでも出られるように準備はしておいてくれ」
ビィさんはそう言ってアドニスさんと城に帰っていった。
「また旅に出るのなら万華鏡をもっと作らなければな……帰ってきて早々難だが、エヴェレット。明日にでも銀水晶を採りに行ってくれるか? アランとロランでは採れる量に限界があってな」
「あ、じゃあ私も行きます!」
イデアが手をあげるとアランさんとロランさんがブーブーと文句を言った。
「イデアはゆっくり休みなよ、俺らと遊びに行こ!」
「そうだよ。美味しいカフェがあるんだよ。俺らも久しぶりに休めるし、一緒に行こ!」
チームなのにエヴェレットに働かせて自分だけ休むのは申し訳ないと思うイデアだが、アランさんとロランさんは絶対にイデアを行かせたくないようで遊びに誘ってくる。
「いいよ、イデア。鉱脈の場所はわかってるし、ひとりで行ってくるから。アランさんロランさん、イデアも疲れてるだろうから、連れ出すなら午後からにしてくださいよ」
エヴェレットは優しい。確かに鉱脈の場所がわかっている以上イデアができることはないのだが、せめて隣で応援したかった。
「エヴェレットの許可も出たし、そうだ、教会に行くのもいいな。イデア、行ったことないって言ってただろう? あそこはいつ行っても綺麗だからさ」
アランさんもロランさんも祝福持ちだ。イデアの目には精霊は淡い光をまとった小さな人間や動物の姿に見えるが、二人の目には光の玉に見えているはず。精霊の多い教会はさぞ美しく見えることだろう。
「教会の展示室の展示品も綺麗なんだぜ! 楽しみだな!」
展示室なんてものがあるのをイデアは知らなかった。美術館のような感じなのだろうか。
「だってさ。行ってこいよ」
エヴェレットに背中を押され、イデアは教会に行くことにした。
「そういえばさ、あの精霊の檻の額に彫られた文様。あれ、教会に展示されてる鏡の額に彫られているのと似てないか?」
「ああ大聖堂のやつな。それはちょっと思ったけど……あれって精霊文字だろ?精霊の檻に彫られているものとは少し違うんじゃないか?」
アランさんとロランさんは突然精霊の檻の話題を出すと、言い合いを始めた。精霊文字とはなんだろうとイデアは首を傾げる。
「精霊文字はそのまんま、精霊が使うとされている文字だよ。精霊だけが読めるっていうやつ。教会の人も、詳しいことは知らないみたいだよ。神聖ミラメアなら知ってる人もいるかもしれないけど……」
ルーラが言うとその腕に抱かれていたアゲハが補足してくれる。
『精霊王が精霊に命令するときに使う文字なのよ。昔どういうわけか精霊文字に似た文字が開発されて精霊の檻が作られたの。それが邪術と呼ばれているのよ』
「へえ、じゃあ精霊文字と邪術に使われる文字は別物なんだね」
『そうね。似て非なる物よ』
イデアの話を聞いていたアランさんとロランさんは、言い合いをやめて残念そうにしている。
「じゃあ大聖堂の鏡を調べても精霊の檻のことはわからないのか」
『でも邪術が精霊文字を参考にして作られたものであるのは間違いないはずよ。見に行く価値はあると思うわ』
イデアはアゲハの言い回しに違和感を覚えた。いや前から少し疑問に思うことはあったのだが、今聞いてしまおうと口を開く。
「アゲハは、なんでも知ってるわけじゃないんだね」
『私は精霊王に最低限の知識しか与えられていないわ。正直に言って古の邪術のこともよくわからないの』
イデアはなんだか精霊王にいいように踊らされているような、そんな気持ちになった。そもそも母が懇願しなければ、精霊王はアゲハという案内役すらつけるつもりが無かったのだ。
愛し子とはいったい何なのだろう。イデアは少し考えこんだ。




